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図書紹介
真空テクノサポート・元日本真空工業会専務理事 木ノ切恭治
(日本真空工業会発刊『真空ジャーナル』2017年9月号No.161 掲載)
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旧知の吉村長光氏が「Review 超高真空技術の新展開」と題した技術書を出版された。吉村氏は日本電子株式会社に勤務され、電子顕微鏡に用いる真空をより清浄でより低い圧力の超高真空にする目的遂行のための真空研究部門でご活躍されてきた。
本書を読むと、当時は数々の問題に直面され、考察し、対策の検討、解決策の構築、結果の検証に至るまでの案件に携わってきたことが感じ取れる。そして、この目的遂行のため超高真空技術はもとよりスパッタイオンポンプ(SIP)の開発、低振動油拡散ポンプの開発、超高真空計の開発、質量分析計の考察に至る内容にまで踏み込んでいる。一人の研究者が超高真空を可能な限り追及し、最適の電子顕微鏡開発に向けてきた情熱に敬意を表する。
電子顕微鏡が必要とする超高真空環境を構築するために、容器内の気体の流れや容器吸着ガスの放出量、排気経路のコンダクタンス、それを排気するための真空ポンプの設置場所、各部位の圧力等をシミュレーションするため、古くから先人達が提言 してきた分子流ネットワーク理論を電子顕微鏡の排気系の構成に役立てきた。
これは分子流の流れ抵抗(コンダクタンスの逆数)、流量(rate)、圧力と、電気回路における電気抵抗(コンダクタンスの逆数)、電流、電位が類似関係にあることから電気回路に対して真空回路と呼ばれており、1922年のDushmannによる考えがベースになったものである。
この考え方は発表当時あまり受け入れられなかったようであるが、吉村氏等は積極的に取り入れ電子顕微鏡の設計に活用しており、過去の書籍においても頻繁に真空回路を用いてシミュレータとしての活用を説いている。
吉村氏は本書ではもう一つ提言している。本書の序文に大気圧と真空の圧力差を利用する機器を考える場合は、大気圧を基準にするというのは当然である。超高真空システムや分子流領域の「高真空システムを解析する場合には、真空場の基準は絶対真空(ゼロPa)と考えるべきだ」と述べている。確かにその通りである。絶対真空(ゼロPa)は宇宙空間の果ての圧力であり、そこを基準にするべきだというのは意識の問題であり、心して認識したいと考えている。
この種の幾多の経験にまつわる事例をふんだんに用いて、あらゆる角度から真空技術を論じた書籍はあまり見られない。真空を用いて色々な研究や装置開発などを行っている研究者や技術者にとっては師となる本であると考える。
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本書の内容
第1章 チャンバー壁面のガス放出とポンプの排気性能との類似性
容器壁もポンプも排気能力を持つか、ガス源になるかは条件次第であると解説
第2章 表面による残留ガスの吸着と表面からのガス離脱
真空容器の内表面に吸蔵されているガス分子の拡散や離脱、吸着などの現象が常態する様子を解説
第3章 ガス放出量の測定法
古くから行われてきたガス放出の測定方法の紹介のほか、筆者等が開発した測定方法も詳細に解説
第4章 ガス放出量や透過係数などのデータ
Dayton等よる各種材料のガス放出や透過、拡散等のデータを掲載し、筆者等のガス放出データも多数紹介
第5章 電子励起ガス離脱と光励起ガス脱離
電子銃近傍の電極や構成材料に高速電子線が当たった時、電子励起ガス脱離が起こる様子を詳細に解説
第6章 微小電子プローブ照射で起こるコンタミネーションの堆積
電子顕微鏡のから出る電子線と試料のハイドロカーボンの干渉で発生するコンタミネーションを防ぐ装置(ACD)について解説
第7章 分子流コンダクタンスとガスフローパターン
顕微鏡内のオリフィスや導管のコンダクタンスや通過確率、アパーチャーとガスフローの関係を詳細に考察
第8章 分子流ネットワーク解析
分子流領域の真空システムをネットワーク(真空回路)に置き換えて解析する「分子流ネットワーク解析」を詳細に解説
第9章 スパッタイオンポンプとゲッターポンプの基礎
電子顕微鏡に用いる大排気量のスパッタイオンポンプ開発に迫られ、多数のイオンポンプのメカニズムを調査
第10章 スパッタイオンポンプの開発
開発したスパッタイオンポンプ(SIP)はArガス等不活性ガスを安定排気できる超高真空ノーブルポンプとなった。
第11章 超高真空ゲージとマススペクトロメータ
超高真空電離真空計と質量分析計の文献調査を行った。超高真空計はスパッタイオンポンプのセル1個の高磁場超高真空ペニング真空計が使用できることを解説
第12章 振動の少ない超高真空拡散ポンプと関連機器開発
振動を嫌う電子顕微鏡には油拡散ポンプが最適、更に低振動化する為肉厚パイプの拡散ポンプが使用できることを解説
第13章 スイッチオーバー排気時に耐性を示す、ダイナミックな排気系
粗引きから本引きに切り替える時、低コンダクタンスのバイパス弁で本引きに切り替える先行低速高真空排気を用いることで油拡散ポンプなどの負荷を軽減できると解説
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レビュー 超高真空技術の新展開 〜数式による解析から真空回路・分子流ネットワークへ〜 |
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