環境修復のためのナノテクノロジー
日本語版発刊のことば

ナノテクノロジーというのは,ナノメートル領域(1〜1100nm,10-9〜10-7m)の微細なスケールの物質を対象とし,この微細な物質(ナノ材料)の構造を積極的に操って,新たな機能や性質を生み出し,利用する技術である。

ナノテクノロジーの概念は,1959 年に米国の物理学者のリチャード・ファインマン博士によりはじめて提唱された。彼は,当時24 巻のブリタニカ大百科事典の情報を針の先ほどの微小空間に蓄えることができる技術を講演で予言した。

21 世紀の始まりとともに,ナノテクノロジーは社会に多大な恩恵をもたらす革新的先端技術として期待され,日米欧をはじめ,世界各国において科学技術の重要分野として位置づけられている。

ナノテクノロジーの進歩により,ナノレベルでのいろいろな現象がわかるようになり,さらには分子や原子を見るだけでなく,それを操作する技術も発展してきた。その応用分野はIT だけでなく,医療・バイオ,環境・エネルギー,新材料・素材と幅広い分野に広がっている。

ナノテクノロジーの進展に伴い,環境ナノテクノロジー分野への活用も注目されるようになった。環境ナノテクノロジーにとって最優先のテーマは,ナノ材料を活用した,汚染物質の排出抑制や汚染物質の分解・除去・無害化技術の確立である。

わが国では2000 年代から環境ナノテクノロジーに関し,環境汚染状況のモニタリング,環境汚染物質の有害性の把握・評価,環境汚染物質の分解,除去,および再生可能エネルギー利用という4 つの技術課題を取り上げ研究が進められている。

このような状況の中で,マハトマガンジー大学副学長であるサブ・トーマス博士が編集した“Nanotechnology for Environmental Remediation”は,ナノ材料を活用して環境を修復する“ナノレメディエーション”という新たな分野における現状と今後の有望な大きな展開を22 の寄稿論文を通して読者に紹介している。

具体的には,さまざまな汚染物質の環境修復に用いられる金属ナノ粒子,ポリマーナノ粒子,カーボンナノチューブ,デンドリマー,植物・微生物・酵素機能を組み込んだナノバイオ粒子等さまざまな機能性ナノ材料やナノ複合体の開発の現状,ならびに水,大気,土壌汚染で問題となっている,温室効果ガス,有機塩素化合物,油・染料等の有機汚染物質,鉛・ヒ素等の重金属,医薬品,病原微生物および農業利用等へのナノレメディエーションの活用に焦点を当てている。さらにナノテクノロジーのリスクアセスメントやナノバイオレメディエーションのLCA についても記載されている。

執筆者らは,土壌浄化,水処理,大気処理などの分野で,ナノテクノロジー,ナノ吸着剤,ファイトナノテクノロジーなどの先進的なツールを用いて研究を行っている第一人者たちであり,彼らの研究に裏打ちされた斬新なアイデアと多くの情報が紹介されている。多くの技術は,基礎から実用化を目指した段階のものが多いが,ナノレメディエーションが従来の方法に代わる効果的な環境修復技術として大変魅力的で有望であることを示している。

本書は,環境浄化に携わる技術者,施工者,規制担当者,研究者および学生にナノレメディエーションの面白さならびに大きな発展の可能性を秘めていることを気づかせる書である。
2024年10月
 監訳 矢木 修身
翻訳 大前 奈月
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