生物の科学 遺伝別冊No.24 実践 生物実験ガイドブック 〜実験観察の勘どころ〜
巻頭言
半本 秀博 Hidehiro Hanmoto
放送大学 非常勤講師,『生物の科学 遺伝』編集委員

 バイオテクノロジーなどの飛躍的な進歩に伴って,生物学の劇的な進展を受け,生物教育は特に高等学校において質,量ともに大きく変化し,探究活動の活発化も要請されています。これらの状況に教科書だけを参考に対応するのは困難です。しかし,学校業務の多忙化,その中で,生物自体から学ぶことの大切さをどう具体的に生かすか。生物担当の先生は,理科の中でも独特な苦労を求められます。
 実験や観察の経験は,生物学や医療系,生命科学系への進学者には本来は“必須”な時間だと思います。しかしそれ以上に生物生命系へ進まないほとんどの生徒にとっては,ヒトを含む生物とその環境についての基礎を学ぶ最後の機会です。彼らには生物の事細かな細部を覚える意味は殆んどありません。むしろ多少の時間をさいても,生物と向き合ってしっかりその目で確かめる経験をした方がよいとも考えられます。本書では,多様な生徒と先生方の役に立つことを目指して記述,構成をしています。

〈本書の特徴と構成〉
 この本の構成は,『生物の科学 遺伝』に全国の先生方から執筆いただいた「実験・観察の勘どころ」シリーズの論稿を「勘どころ編」,一部特別寄稿で掲載されたものも含めて「基礎編」と「資料編」を加え3編で構成しました。貴重な原稿の散逸を防ぎ,現場で使いやすい形にまとめました。
 第一編は,観察・操作・培養の基礎編です。従来の実験・観察の確認を目的とし,簡潔明瞭にできるような情報を加えました。また,古い内容に見える題材にも現代的意義のあることを紹介しました。
 第二編は,「実験・観察の勘どころ」の連載を軸とし,連載後に得られた知見も加えました。
 第三編は,野外調査の準備や観察のポイントを記し,野外での生物の様子をビジュアルに示しました。
 3編とも「このポイントなしでは立ち行かない」,しかしこちらは「神経質にならなくてよい」,いわば「勘どころ」を丁寧に紹介しています。これらは,現場の工夫と繰り返し実践したことを踏まえ,新しい視点からの情報も含めてお書き頂いています。教科書の項目立てを意識しながら,生徒が喜んで理解でき,現代的要請にも応えることを目標に練られています。内容の領域や難度はさまざまです。

 1980年代には,本格的な高校向け実験手引書が相次いで出版されました。また,実験を取り上げた雑誌も多く発刊されました。こうした書籍や,雑誌の記事などが実践に大いに活用されていました。これらの編著者でもあった方々と当方は旧知の間柄であり,異口同音に言われたことは,「生物を見ずして何が生物教育だ」ということでした。この「当たり前」をどう継承するかを意識して,本書は実験のプロセスを集めただけでなく,それぞれが現場の経験から「失敗しない」ための勘どころを明解に解説していただいたのが特徴です。
 このほか,これまでの実験手引書にはないユニークな企画として,特に現場で混乱のあると思われる,「減数分裂をどう理解するか」,「わかってきた生体膜中の脂肪酸の重要性」,「今日の免疫学」,について専門研究者の先生がていねいに解説して下さいました。是非お読み下さい。必ず発見があります。

〈Study nature, not books〉
 伝統あるウッズホール海洋生物学研究所の“Study nature, not books”の扁額は有名です。ただ,「自然そのものから学ぶ」には,相当な訓練が必要だと思います。思い込みや一般論に左右されて,理解した気になりがちです。生物自体から学ぶことの重要さを今あらためて認識したいと思います。実際,生物についての書籍も模試図も,学ぶための補助手段です。そのことに自覚的でないと,極端な場合,模式図が正解で,生物現象はノイズになってしまいます。一方,実験は正確に「操作をするだけ」,観察は「ただ見ただけ」では何の意味も持ちません。“・・not books”は研究者の姿勢として本質をついている言葉ですが,学習者には“books”も必要です。対象を理解したうえでさまざまな気づきがなければ,観察も成り立ちません。

〈ある日の生物室─2場面〉
 現場での実験や観察もただの作業義務に堕する危険性もあります。限られた授業時間内の実験や観察で「見えませーん」の声に,焦って走り回ったことはないでしょうか。このようなことはできるだけなくして,考える時間,確認する時間を少しでも確保したいものです。
実験室の様子です。定番の体細胞分裂の観察。何しろ定番ですから,うまくいかない「筈」がないのです。しかし,教科書の実験欄には,大学でやっているようなステップは書いてありません。らくちんに書いてある教科書に従って実施してみました。なまじ数人きれいに見えた生徒がいるのはよしわるし。あとは「なーんにも見えない」生徒ばかりです。ちゃんとやれば全員が見える「筈」にもかかわらず。
限られた時間の内でおこなう実験授業ですが,対象の多くは中学時代実験も観察もあまり経験のない生徒です。焦ります。3年ほど工夫を重ねてからの観察では,一目顕微鏡を覗くなり,生徒の歓声があがりました。教科書も,とくに実験や観察に関しては,鵜のみにしないことにしました。懲りました。
 また時には,現場で苦労されている先生の記事が役だつことあります。─例えば─
 ある時,高校の先生による水棲昆虫調査の記事が目に留まりました。当時,勤務校の生物部員が20人を超え,みんなでできることをしたいという雰囲気が漂っていました。5年間の継続調査を皆でおこないました。始めてみるとわからないことの連続で,調査では不可解に思える課題がたまり,当時この方面の第一人者の研究者に何回かご相談しました。多くは「いまのところわからない」,「権威のある本にはそう書いてあるがすべて見なおし中」,妙に感動を覚えました。数十年後,河川と生物について再び指導する立場になり,調査経験や人脈が生きました。あの「記事」のおかげです。
 2020年,この本の実現を見るにあたって,エヌ・ティー・エス編集部大西順雄氏,『生物の科学 遺伝』編集委員の皆様および株式会社エヌ・ティー・エスに多大なご援助を賜りました。厚く感謝申し上げます。本書が生徒,学生の皆さん,並びに先生方のお役に少しでも立てることを願っています。

   
 
生物の科学 遺伝別冊No.24 実践 生物実験ガイドブック
〜実験観察の勘どころ〜
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