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社員と医療をつなぐ人事の価値

(株)ベスリ 代表取締役 吉田英司

 「健康経営」や「ウェルビーイング」が注目される今,社員の体調管理は人事部門にとって避けて通れないテーマの1つです。メンタルヘルス不調者の数は長らく高止まりし,高齢化による身体疾患の増加も現実的な課題となっています。人事が果たす役割は,個別の社員が健康を維持しながら活躍できる環境づくりへと広がっています。社員の健康を直接診るのは主治医や産業医ですが,人事にしか生み出せない価値もあります。

■人事は医療職には見えない情報を持っている

 主治医は病気やけがの治療を担い,医学的に回復を支えます。しかし,見ているのは「患者」であり,職場での仕事内容や人間関係,どんな環境なら力を発揮できるかまでは把握できません。産業医は「働ける体調かどうか」を判断する専門家で,休職や復職の可否,就業制限の提案を行います。しかし,詳細な業務内容や職場の雰囲気,チームの人間関係までは十分に理解していません。
 一方,人事は医学的な診断はできませんが,その社員の強みや経歴,職場での評価,上司や同僚との相性,部門の特性など,現場に密着した情報を持っています。さらに,どんなサポート体制を組めるか,どの部署なら力を発揮できるかを判断できます。ここに,人事ならではの価値があります。
 特にHRBP(Human Resource Business Partner)は,部門長と共に人材戦略や組織運営を考える立場です。部門の事情を理解しているため,産業医や職場と連携しながら,より現実的な働き方を設計できます。例えば,医療面から「時間外勤務制限」や「深夜勤務制限」などの就業制限が必要な場合に,職場でその働き方が許容できるのかという問題が生じます。業務特性や繁忙度合いによっては,受け入れる職場に過大な負担がかかるケースもあります。そうした環境で働き続けると,職場は疲弊し,本人も居場所を感じることができません。このようなとき,職場にどの程度の配慮なら受け入れ可能かを確認したり,本人に対し「必要な配慮を条件とすると現在の職場環境では働けないかもしれない」と伝えキャリアの相談に乗ったり,細かな調整が必要になることがあります。この調整は,部門と産業医をつなぐ人事だからこそ可能であり,職場への負担や社員の活躍度合いに大きく影響します。
 産業医としての経験からも,人事が職場と積極的に連携している企業では,復職者が安定して働き続ける割合が高く,再休職が少ない傾向があります。人事は,医学的な観点を現場の運営に落とし込む「翻訳者」であり,橋渡し役といえます。

■人事が価値を発揮する3つの要点

 冒頭に紹介した通り,メンタルヘルス不調者の数は高止まりし,定年延長による身体疾患を抱える社員も増加しています。ゆえに,個別の対応を担う人事の役割の価値はさらに高まるでしょう。人事がこの役割を果たすためには,次の3点が重要です。
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@職場との連携:配慮の必要性を正しく伝え,業務負荷や役割を調整する。
A社員本人との信頼関係:本音を引き出し,安心して働ける環境を整える。
B産業医・保健スタッフとの情報共有:医学的判断と現場状況をすり合わせる。
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 主治医は病気の治療を,産業医は就業可否を判断します。しかし,「その社員がどのように職場で力を発揮できるか」を知り,環境を整えるのは人事の役割です。メンタル・フィジカル両面での配慮が欠かせないこれからの時代,産業医や職場と連携して個別の働き方をデザインできる人事は,企業の競争力を大きく高めます。

(月刊 人事マネジメント 2025年9月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

 
産業医、心療内科医。研修医終了後、ベインアンドカンパニーでビジネスコンサルタントとして働く。会社組織の中で働くという視点から産業保健に興味を持ち、総合電機、半導体開発製造、外資IT、外資化学、大手通信グループなどの企業で、専属産業医や統括産業医として社員の健康をサポートしている。15年以上の産業医経験があり、これまでにのべ10,000人以上の働く人の健康相談を行っている。並行して、心療内科外来で診療している。著書に『一生健康に働くための心とカラダの守り方』(かんき出版・2025年)がある。

>> (株)ベスリ
   https://besli.co.jp/





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