はじめに

今や「サ ービスイノベ ーシ ョン」の時代、すでにGoogle検索をはじめとする新サ ービス革新が始ま っている。ア ービン・トフラ ーの言う「イノベ ーシ ョンの第3の波」は、情報社会を駆け抜け「知識社会」へと邁進し、その中核に現れてきたのが「サ ービス化」の新潮流である。まさに本格的なサ ービスイノベ ーシ ョンが始まろうとしており、その基盤となる「サ ービスサイエンス」への関心と期待が非常に高ま っている。
米国の国家戦略レポ ート(いわゆるパルミサ ーノレポ ート)でも、サ ービスが経済的に大きなウエ ートを占めることを指摘し、サ ービス産業の重要性を強調している。また米国IBMは、世界中の大学や企業、政府に呼びかけ、サ ービス化の大きな流れを作 っている。2004年11月には、世界ではじめて「サ ービスサイエンス」(Services Science)という新しいコンセプトで国際会議を開催、SSME(Services Sciences, Management and Engineering)という、サ ービスサイエンスとマネジメントとエンジニアリングを統合する学際領域を提起し、世界中の大学のカリキ ュラム開発と教育コ ースの設置を啓蒙し支援するサ ービスイノベ ーシ ョン人材育成活動を始めた。このようなサ ービス化の動きは、米国をはじめ欧州、アジアと世界的な規模で同時並行的に起こ っている。日本でも、その翌月の2004年12月には、東京で開催したGATIC2004国際会議で、ノ ースウェスタン大学・ケロ ッグスク ールの創始者であるマイケル・ラドナ ー教授から、サ ービスサイエンスの概念が紹介された。以来、急速に関心を呼び、政府やサ ービス業はもとより製造業も大きな関心を示している。
産業競争力の源泉は、言うまでもなくイノベ ーシ ョンの創出力にある。日本は世界に冠たる競争力を持ち、経済大国に成長した。この成功モデルは、改善改良型のインクリメンタルイノベ ーシ ョンであるが、もはやこれだけでは国際競争力を維持できない。新製品や新サ ービスを生み出す破壊的なラデ ィカルイノベ ーシ ョンの創出力が不可欠である。時代とともにイノベ ーシ ョンモデルは変遷している。モノ中心のプロダクトイノベ ーシ ョンから付加価値の高いサ ービスイノベ ーシ ョンへ、またそのスタイルも、ヘンリ ー・チ ェスブロ ーの言うように自社内に閉じたクロ ーズドイノベ ーシ ョンから社外との連携によるオ ープンイノベ ーシ ョンへとパラダイムが転換している。IBMは、この考え方を取り入れ、サービスイノベーションの中心的な役割を担いリ ーダ ーシ ップを取る戦略を推進している。
さて、あらためてサ ービスとは何だろうか。ハ ーバ ード・ビジネススク ールのセオド ール・レビ ット教授は、「すべての企業はサ ービスを提供している。メ ーカ ーとサ ービス業の違いは、そのサ ービスの中で形のあるモノの占める割合が多いか少ないかである」と述べている。そこで、サ ービスを「人や組織がその目的を達成するために必要な活動を支援する行為」と広くとらえると、製品はサ ービス提供の手段となり、サ ービスイノベ ーシ ョンには、プロダクトイノベ ーシ ョンや技術イノベ ーシ ョンも含まれ、視界は大きく広が ってくる。サ ービスは、顧客満足(Customer Satisfaction)に至るあらゆるプロセスを対象とする。製品の価値が低下し、サ ービスの価値が高まる中、製造業はモノづくりにサ ービスを取り込み、「モノ」と「サ ービス」を融合させた新たな価値を発掘する必要がある。特に、近年ではIT関連技術の発展によ って、さまざまなものを相互に結びつける接続性が高まっており、新しいサービスコンセプトを構築できる環境が整備されている。ダンカン・ワ ッツは、ネ ットワ ークの進歩で世界が狭くなる「スモ ールワ ールド現象」を論じ、人類の夢である時間と空間の克服、人と人や技術とサ ービスなど多くのモノやコトの相互連携や融合の可能性を指摘している。この気付きは重要である。
では、これからの日本の課題は何であろうか。第1は、従来サ ービス産業のプロセス革新による生産性の向上である。第2は製造業のサ ービス化で、製品とサ ービスの融合による付加価値の向上である。第3は、従来にない新サ ービスの創造とその輸出である。サ ービスは範囲が広く多様で、社会性が強く、その国の文化や宗教、言語や生活習慣、社会経済環境に大きく依存している。また、サ ービス価値は、個人的な価値観によ って大きく異なる。日本は本来強いサ ービス文化を持 っており、サ ービス産業はもとより製造業においても、サ ービス化、さらには新サ ービス産業創出により国際競争力を強化できると考える。そのためには、日本独自の視点から「サ ービスサイエンス」を深耕する必要がある。
それでは、どうアプロ ーチすればいいのだろうか。知識科学の視点から見ると、サ ービスは、「知識」がサ ービスという行為を通して表出されるととらえることができる。知識が主体に依存するように、サ ービスも受け手の状況で価値が異なる。サ ービスはユ ーザ ーにと っての価値を創造することであり、技術や製品はその手段である。技術と製品およびサ ービスを統合するには、「統合戦略ロ ードマ ッピング」の方法を取り入れ、「市場」と「製品」の間に「サ ービス」層を新しく設けて顧客満足につなげる方法もある。さらには、日本が創造し発展させたジ ャストインタイム(Just In Time)方式をイノベ ーシ ョンの全体プロセスにまで拡張し、「ジ ャストインタイム・イノベ ーシ ョン」(JIT Innovation)を目指すこともできる。猪瀬博氏は、真の競争力とは「共に求め合う」こと、つまり「共生的競争」という極めて重要な考え方を示唆した。戦略ロ ードマ ップ/ロ ードマ ッピングは、まさにその目標を共有し達成プロセスを役割分担する実践的な方法論で、広範囲の統合が必要なサ ービスイノベ ーシ ョンへの活用は効果的であると考えられる。
北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は、1996年、世界に先駆けて知識科学(Knowledge Science)研究科を創設し、2003年10月には、知識科学を基盤とするMOT(技術経営)コ ースを開講した。東京キ ャンパスを拠点として、社会人を対象に、時代をリ ードするイノベ ータ ーである「テクノプロデュ ーサ ー」の育成を行 っている。2005年10月には、このMOTコースに先端的科目として「サ ービスサイエンス論」を導入し、日本アイ・ビー・エムや経済産業省、米国カ ーネギ ーメロン大学などから専門家や有識者を招いて講義を行い、多くの学生の共感を呼び盛況であ った。こうして、サ ービスに関心を寄せる有志で「サ ービスサイエンス研究会」を発足させ、また大学発ベンチ ャ ー「サ ービスサイエンス・イノベ ーシ ョン有限責任事業組合(LLP)」も設立した。さらに、経済産業省からの委託研究を日本アイ・ビー・エムと共同で受け、「サ ービスイノベ ーシ ョン研究会」に参加し、事務局も担当した。また、NEDOからは製造業のサ ービス化についての委託研究を受注し、米国を含め調査報告書をまとめた。さらにIBM主催で2004年11月に行われたアルマデン基礎研究所の初会合、2006年9月にニ ュ ーヨ ークで開催された第3回SSME国際会議、さらには研究・技術計画学会やPICMET(Portland International Conference on Management of Engineering and Technology)、IEEE(電気電子学会)のIEMC(International Engineering Management Conference)など、国内外の技術経営やサ ービスに関する学会に積極的に参加し、研究発表を行 ってきた。
本書は、これらの諸活動においてご指導ご支援いただいた方々ならびに北陸先端科学技術大学院大学のMOTコ ースの社会人学生有志のご協力を得て、急き ょ、最近の状況と活動成果をまとめたものである。サ ービスサイエンスへの期待が大きいとはいえ、それはまだ始ま ったばかりで、体系的な教科書や書物はほとんどない。本書も十分に体系化できたものではないが、これからサ ービスイノベ ーシ ョンやサ ービスサイエンスに挑戦しようとする方々に、一つの手掛かりとして、いささかでも参考になり、またサ ービスサイエンスのさらなる発展に寄与できれば幸いである。
最後に、本書の出版をご提案いただき、執筆の機会を与えてくださ った株式会社エヌ・テ ィ ー・エスに感謝したい。また、同社編集企画部の椙谷さおり氏には大変なご苦労をかけ、執筆者一同あらためてお礼を申し上げたい。
2007年2月  亀岡 秋男
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