
内部通報は「密告」ではない
NAVEX カントリーマネージャー 三ツ谷直晃
日本の職場では,調和や信頼,組織の一体感が何よりも大切にされてきました。これらは,日本企業の強みであり,強いチームワークや忠誠心を育んできた要素です。一方で,内部通報には根強い誤解もあります。「不正や問題の報告は,告げ口であり,職場の和を乱すものではないか」「仲間への裏切りではないか」という考え方です。この誤解は,決して小さな問題ではありません。早期に懸念を共有することをためらうと,結果として重大な不祥事へと発展してしまうこともあります。とりわけ,近年の日本では法規制や社会的要請が高度化しており,こうした沈黙は法的・財務的・レピュテーション上の大きなリスクにつながりかねません。
まず強調したいのは,内部通報は誰かを罰するための仕組みではないという点です。その本質は,人を守り,組織を守り,企業の持続可能性を支えることにあります。
■「内部通報=告げ口」という誤解を解く
内部通報が「密告」と受け止められてしまう背景には,「問題の報告=個人を責める」という思い込みがあります。しかし,適切に設計された内部通報制度は,個人を攻撃するものではなく,リスクや制度上の欠陥,構造的な問題を可視化する仕組みです。報道ではハラスメントや不祥事と結びつけて語られがちですが,実際の内部通報の多くは,必ずしも悪意ある行為ではありません。曖昧なルール,過度な業務負荷,コミュニケーション不足,意図しないルール違反などが少なくありません。こうした声が社内で早期に共有されれば,問題が深刻化する前に是正できます。これは従業員,顧客,そして企業を守る行為です。また,内部通報は同僚を守る行為でもあります。社内で適切に対応することで,混乱を避け,公平かつ慎重に問題を解決できます。
改正公益通報者保護法が示す通り,日本の法制度も内部通報を健全なガバナンスの中核として位置づけ,通報者への報復を明確に禁止しています。これは,「内部通報は組織に反する行為ではなく,組織を守る行為である」という社会的メッセージにほかなりません。
■従業員が安心して声を挙げられる環境を
内部通報に対する意識を変えるには,制度を整備するだけでは不十分です。従業員が「安心して話せる」と感じられる環境づくりが不可欠です。
第一に,経営層・管理職が明確な姿勢を示すこと。声を挙げることを前向きで責任ある行動として位置づけ,実際の行動で示すことが重要です。
第二に,信頼できる守秘性の確保です。安心して通報できるために匿名性や個人情報の保護は選択肢ではなく前提条件です。
第三に,報復禁止を実効性あるものにすること。規程に加え,報復を許さない姿勢を明確にし,毅然と対応することで,初めて信頼が生まれます。
第四に,処罰ではなく学習に焦点を当てること。プロセスや文化的背景など根本原因に目を向け,改善につなげる姿勢が重要です。
第五に,分かりやすく使いやすい仕組みを整えること。どこに,どのように相談すればよいのかを明確にし,研修や日常的なコミュニケーションを通じて周知することが欠かせません。
さらに,「通報しても何も変わらない」という失望感を防ぐことも重要です。可能な範囲で対応結果や改善の方向性を共有することで,制度への信頼は高まります。内部通報を「個人の告発」ではなく「組織全体で支える責任」として捉え直すことで,日本企業が大切にしてきた協調性や相互配慮の価値とも自然に調和します。
(月刊 人事マネジメント 2026年3月号 HR Short Message より)
HRM Magazine.
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