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「選ばれる理由」を言語化しよう

(株)カケハシスカイ HR事業部 総合企画部 部長 齋藤友由樹

■人手不足倒産の時代に「選ばれる会社」とは

 2025年上半期,人手不足を理由とした倒産件数は過去最多を更新しました。これはもはや一部の業界だけの話ではなく,事業継続そのものを揺るがす,すべての企業の喫緊の経営課題となっています。
 これほどまでに採用が難しくなった根底には,労働市場における「企業が選ぶ側,働き手が選ばれる側」という関係性の完全な逆転があります。特に中小企業の新卒求人倍率は8.98倍に達し,1人の学生を9社近くが奪い合う異常事態です。現代の求職者,特にZ世代は,給与や福利厚生だけでなく,「仕事のやりがい」「自己成長」「企業文化」といった要素を複合的に評価し,働く場所を選びます。そして,その判断材料は企業の公式発表だけではありません。実に9割以上の学生が口コミサイトを参考にし,8割以上が生成AIを活用して企業研究を行う時代です。企業側がどれだけ美辞麗句を並べても,そこで働く社員の「リアルな体験」が伴っていなければ,そのギャップは瞬く間に見抜かれてしまいます。
 求職者にとって企業選びは,キャリアの起点を決める重大な意思決定です。だからこそ,企業はあらゆる角度から「選ばれる理由」を問われるのです。

■EVP(従業員価値提案)を人事戦略の羅針盤に

 この厳しい現実を乗り越え,「選ばれる企業」となるための羅針盤がEVP(Employee Value Proposition=従業員価値提案)です。EVPとは,企業が従業員に提供する総合的な価値の「約束」を指します。それは,「報酬・福利厚生」といった金銭的価値に留まらず,「仕事のやりがい」「キャリア開発・成長機会」「職場環境・人間関係」「働き方・WLB」「企業文化・風土」「経営・リーダーシップ」といった,働くことを通じて得られるすべての体験価値を含みます。
 重要なのは,大手企業を真似る必要はないということ。むしろ,自社ならではの独自の価値は何かを深く掘り下げ,言語化することに意味があります。それは経営層の思い込みではなく,実際に働く社員への調査やインタビューを通じて客観的に導き出します。このプロセス自体が,社員にとっては自社の魅力を再認識する機会となり,エンゲージメント向上にも寄与します。現場のリアルな声から紡ぎ出された言葉こそが,候補者の心を動かすのです。そうして策定されたEVPは,採用コンセプトの礎となるだけでなく,これまで実施してきた媒体やスカウトでの集客力強化や,歩留まり改善という形で,採用活動の成果を一段引き上げることにつながります。また,入社後の育成や評価,定着といったあらゆる人事施策の判断軸にもなります。
 採用時に掲げたEVPと入社後の体験に一貫性があって初めて,社員の信頼とロイヤリティは育まれます。実際,EVPを導入した企業では定量的な成果も確認されています。例えば,従業員が「自社を友人に推薦したい」と答える割合は28%増加し,ハイパフォーマーの比率は18%上昇しました。さらに「働き続けたい」と考える社員は6%増加し,ウェルビーイングも7%改善。極めつけは「再び同じ会社を選ぶ」と答える従業員が9%増え,ロイヤリティが強化されるという結果をもたらしています。これらの数値は,EVPが採用ブランディングの強化だけでなく,従業員体験全体に持続的な好影響を与えることを示しています。
 EVPは,惹きつけから活躍・定着までをつなぐ一本の太い幹であり,採用と経営を結びつける羅針盤です。EVP策定とは,「理想を現実に変えるための仕組みを,本気で作り上げる覚悟」を決めること。その覚悟が,企業の未来を創る原動力となります。

(月刊 人事マネジメント 2025年11月号 HR Short Message より)

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近畿大学卒業後、採用コンサルティング会社に入社。IT・物流業界からメーカー、教育、不動産、飲食、商社に至るまで、多岐にわたる業界で500社以上の採用を成功に導く。現在は従来の枠組みにとらわれない採用手法の提案はもちろん、内定者研修、マネージャー研修など、社員育成プロジェクトの支援にも力を入れている。

>> (株)カケハシスカイ
   https://www.kakehashi-skysol.co.jp/





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