
新事業人材を守り育てる覚悟はあるか
MK&Associates 代表 河瀬 誠
■新事業人材と既存事業人材の違い
最近のコンサルティング案件では「新しい事業をつくりたい」という相談が多い。ところが,新事業に成功する企業は,ほんの一握りに留まる。新事業の成功が難しい大きな原因は,その取り組みを今までの経験の延長線上で考えていることにある。
既存事業の拡大が,いわば「100を110にする」仕事だとすれば,新事業とは「0から1を生み出す」仕事だ。また,既存事業には「こうすればよい」という過去の知見や業界の常識があるのに対し,新事業では「いったい,何をどうすればよいか」さえ,誰も知らないところから始める世界なのだ。
このように既存事業と新事業は取り組みの方向性も方法論も180度違うといってよく,あるべき人材像も真逆になるケースが少なくない。
■新事業人材とは,失敗にめげない変革者
既存事業では,ルールを守り,リスクを避け,オペレーションを正確に回す「守りの管理型人材」が重宝されることが多い。しかし,新事業で求められるのは,目指すビジョンを掲げ,必要とあれば今ある組織やルールを壊してでも,イノベーションを起こしていく「変革者」の役割だ。
新事業には,確実に成功するという答えは最初から見えない。いろいろな方法を試してみて,そのうちのどれか1つでも当たれば,それが答えなのだ。例えば,成功率が1%とはじき出された企画があったとしよう。既存事業なら,成功率1%などという企画はそもそも馬鹿げていて検討対象にもならないだろう。しかし,新事業の場合はチャレンジする。成功率1%ということは100回チャレンジすれば実現する可能性があると考えるのだ。
99回失敗しても,最後に1回当たればよい。新事業の取り組みが失敗するのは,成功するまで失敗を続けないからだと考える。
新事業の検討とは,失敗覚悟でトライをして,そこから新たな知見を得て,また新たなトライをするということの繰り返しである。目指すべきビジョンを信じて,この試行錯誤をめげずに繰り返し,そこから学べる人が,新事業人材だといえる。
■新事業人材を守り育てるのは経営者の責務
既存事業ができあがった「大人」の事業なら,新事業はこれから育つ「子供」の事業だ。
既存事業なら,会議ばかりで新しい行動を起こさない「OTNA」(Only Talk, No Action)こそが,カシコイ生き方かもしれない。
しかし新事業では,試行錯誤を重ねつつ,タマをどんどん打ち出していくのが基本だ。まさに「GAKI」(Go And Kick It!)のように,かすり傷を作りながら,ボールを蹴っ飛ばし進めていくのである。このGAKIのように動ける新事業人材がいないと,会社は長期的には衰退していく。とはいえ,やっかいなことに,大人の事業のなかではGAKIは育たない。GAKIの素質のある新事業人材も,既存事業のなかでは埋もれてしまうことが多い。
新事業人材を育てるには,実際に新事業に取り組んで格闘してもらうしか方法はない。研修の機会を充実させても組織や制度を整備しても,人材が育つわけではない。経験を通じて学ぶしかないのだ。
また,GAKIに対しては「あいつは失敗が多い」「ルールを守らない」といったOTNAからの雑音が必ず入る。この雑音からリスクを取って新事業人材を守れるのは経営者しかいない。
新事業をつくり育てることこそが,長期的な会社の成長のために経営者がすべき仕事だろう。新事業の成功には,経営者自身が新事業の特徴を理解し,新事業人材を守り育てる覚悟が必要なのだ。
(月刊 人事マネジメント 2015年12月号 HR Short Message より)
HRM Magazine.
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