盛岡のクオレの2ステージ公演と搬出を終えてバスは一路釜石へ。
ホテルに到着したのは、一時半。
平泉の野外能舞台
啄木、賢治、光太郎ゆかりの文化県イーハトーヴ。石川先生も宮沢先生も芝居に深く心を寄せた人ですが、演劇鑑賞会は県内に一つ盛岡にしかありません。
盛岡、釜石と義民伝の“架け橋”役は、むつ出身の益城宏。秋田の『銃口』初日を終えて駈けつけたヒロシ氏、搬入では花道設営、開演前にはバック・ステージ・ツアー、上演中は大向こう、と大活躍。
お手伝いの高校生たちも一緒に花道つくり。
この間、圭史、高橋佑一郎も釜石に伺って歌舞伎のお話をさせていただきました。演じる側と観る側が共に手を携えた結果が750名の暖かい客席となって今日を迎えました。
益城宏と釜石実行委員会のみな様
小さな街ですが、劇団の方たちを迎える暖かい心はいっぱいあります。観る側と演じる側が一緒に舞台を造る、という想いで今日を迎えました。その実りの日を一緒に創りたいと素敵なご挨拶を頂きました。
「“マぁ、スキ”と覚えてください」というのが、マスキさんスタンダードの自己紹介。お芝居を、歌舞伎を、「マぁ、スキ」と思っていただけたでしょうか。
『義民伝』の台詞じゃあありませんが、「さささ、これから先が大事なのじゃ」
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