セルフ・カウンセリング
自分の心に出会えるメルマガ


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セルフ・カウンセリング
♪ 自分の心に出会えるメルマガ ♪
(”イライラ””モヤモヤ”が解消できる!)
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第 310 号 2020年 2月 1日
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みなさん、こんにちは。

「セルフ・カウンセリング ♪自分の心に出会えるメルマガ♪」をお読みいただきありがとうございます。

みなさんは、セルフ・カウンセリングという言葉を耳にしたことがおありですか?

これは、渡辺康麿氏が創案した、書いて読む、一人で出来る自己発見法です。

私たちは、このセルフ・カウンセリングを学んでいるグル-プですが、みなさんにも、ぜひ、この方法をお伝えしたいと思い、 同氏の著書を連載することにいたしました。
楽しくお読みいただけたら幸いです。


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連載になっております。興味のある方は、バックナンバーからお読みいただくとわかりやすいと思います。
  1号〜「自分の心に出会える本」
 23号〜「自己形成学の創造」
 32号〜「セルフ・カウンセリングの方法」
 62号〜「自分って何だろう‐現代日本人の自己形成‐」
136号〜「大人の自己発見・子どもの再発見」
176号〜「自分を見つける心理分析」
286号〜 新連載「避けられない苦手な人とつきあう方法」

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人は、生まれてから今に至るまでの人生の中で、いろいろな経験をします。

そして、その経験を通して、「こうしなければならない」とか「こうあらねばならない」とかいう その人なりのモノサシを形作っていきます。

自分の生い立ちを振り返ることによって、無意識に取り込んできたそのようなモノサシに気づき、 そのとらわれから自由になっていく方法を自己形成史分析といいます。

セルフ・カウンセリングという方法は、このような、自己形成史分析という自己探究の方法が基礎になっています。


☆★☆ セルフ・カウンセリングとは? ☆★☆


セルフ・カウンセリングでは、自分が経験した日常生活のある時の場面を書きます。

家庭や学校、職場での場面など、どのような場面でもかまいません。

テレビを見た時、本を読んだ時、一人で考えている時など、相手がいない場面も大切な題材になります。

もちろん文章の上手・下手はまったく問題ありません。
専門知識も必要ありません。

自分が見たこと、聞いたこと、思ったこと、言ったこと、したことを、時間の順にそのまま書くと、リポートになります。

まず、自分が何を悩んでいるのかわかります。
その悩みの奥に、どのような願いがあるのかわかります。

して、相手の気持ちがわかります。

そうすると、自分と相手の気持ちを尊重しつつ、心を通わせてゆくための知恵が生まれます。

人間関係のすべてに共通する心のからくりを、自分の経験を通して学ぶことができます。

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「避けられない苦手な人とつきあう法」
渡辺康麿著  より抜粋
( vol . 25 )
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― 第三章 ―
避けられない家庭の人間関係
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ー 嫁 → 義父 ー
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伊藤かおり [30代女性]

☆★☆三つの感情や欲求への気づき☆★☆

最後に、対自と対他の関連表という用紙に、取り出した感情や欲求を書き込みました。
そして、できあがった表を眺めてみました。
すると、私自身の欄からは、同居生活に対する私の不安な思いが流れているのを感じました。
義父の欄の流れからは、怒りが感じ取れました。
義母の欄からは、“私のことを必要のない人間と思わないでほしい”という欲求と、“恐れ”の感情が読み取れました。
主人に対する感情や欲求は、三つしか取り出せませんでした。
私の関心は、ひたすら、義父母に向けられていることに気づきました。
このことから、私は、主人と二人で暮らしているはずだったのに、主人の家族と暮らしていたのだと分かりました。

☆★☆怒りと欲求☆★☆

一つ目の気づきは、喧嘩の原因となった新聞広告のことを、私が義父母に言えなかった思いについてでした。
この場面を探究する前、私は、〈義父が自分で広告を断ったのだから、広告の入ってない新聞を持っていけばよい〉 〈広告の入っているのを持っていってしまったことに気づいたら、返してくれればいい>と思っていました。
私たちが、広告の入っている新聞を手にできれば、それで問題はないと思っていたのです。
しかし、〈広告が入っていないと、何回となく言いに行った〉という心のセリフからは、
私→私  腹立たしい感じ 新聞屋さんの配った新聞をそのまま受け取りたい
私→義父 怒り 当然、持ってくるべき
と取り出されました。
私は、すぐに捨ててしまう広告のことで、腹を立てて、怒っていました。
このような自分を見るのは、とても嫌でした。
広告のことぐらいで、怒る人間と思われたくありませんでした。
このような思いがあったので、私は、義父に「間違えないでください」という一言を伝えられなかったのです。
私は〈義父は間違っている〉と思っていましたが、〈私さえ、何も言わなければ、丸く収まる〉と思っていたのだと思います。
間違いを相手に指摘することは、相手を責めることになり、自分が落ち着かなくなるので、言わないようにしていたのだと思います。
丸く収めようとして、自分の思いをのみこんでいたことに気づきました。
一方で、主人に対しては、“義父を懲らしめてほしい”という欲求を持っていました。
主人に、私の言えないことを伝えてもらおうとした行動の奥には、“直接ぶつけられない私の怒りを、主人から義父にぶつけてもらいたい” という思いがあったことに気づきました。

☆★☆ 認識の履き違い ☆★☆

二つ目の気づきは、私の“パイプ役を務めている”という認識が違っていたことでした。
普段、主人と義父母の間には、会話がありません。
私が義父母の話を聞くことで、1階と2階のコミュニケーションを取っていると思っていました。
義父が私に「出ていってもらって構わないよ」と言ったのも、ケンカした主人に、直接言えなくて、私に言ったのだと思っていました。
関連表の気づきを書いていた時に、以前、義父母と主人が言っていたことを思い出しました。
義父母は、私に、息子は親子だから、話をしなくてもいい。
嫁と私たちが、うまくやっていければいい」と言っていました。
主人は、「両親の話は、頼みごとしかないから、聞くのはいやだ」と言っていました。
主人も義父母も、私にパイプ役を求めてはいなかったことに気づきました。
私は、“義父母の聞き役になり、嫌な顔をしないで、頼みごとを引き受ける、重宝な人間”を自らやってきたのです。
〈お互いの意思を通じさせる、パイプ役の必然性がなかったということだなぁ〉と思いました。

☆★☆ 辛抱する私を掘り下げて ☆★☆

三つ目の気づきは、この場面と、自分の生い立ち(自己形成史)とのかかわりについてでした。
同居生活のなかで感じていた息苦しさは、子供の頃の私と父母とのかかわりにもありました。
私は、〈波風立たないように、私は言いたいことも我慢してきた〉という心のセリフから、
私→私 辛抱する感じ 言いたいことを我慢したいと取り出していました。
私は、同居のなかで、どんなことでも、義父母に従わなければいけないと思っていました。
何か、余計なことを言って、波風を立ててはいけないと思っていました。
私は何も言わず、ただ義父母から頼まれた仕事を完璧にこなしてきました。
義父母の手伝いをしていると思えた時、安心感を感じ、何の手伝いもしていない時、不安を感じていました。
義父母の存在は、私にとって恐怖でした。
だから、息苦しいと感じていたのかもしれません。
今回、“辛抱する感じ”の他に、“我慢する感じ”“忍耐感”と表現して、私は自分の気持ちを抑えることを選んで、 生きてきたのだなぁと気づきました。
そうすることが、一番良い方法だと思っていたのです。
このように気づいたのですが、何となく納得いかない感じがしました。
しばらくすると、希薄ですが、6歳の私の姿が浮かんできました。
6つ違いの弟が生まれた時のことでした。
それまで一人っ子として育ってきた私の世界が一変しました。
家のなかが、その時を境に、騒がしくなりました。
私は家のなかで、どうしたらよいのか分からずに、ぼーと立っていました。
両親は私に、「お姉ちゃんになったんだから」と言って、洗濯以外の家事を手伝わせました。
今までは、自分のことは何でも一人でできる良い子でした。
それが、家のことは何もできないダメな子になっていました。
私は両親の顔色を伺いながら、気が利かないと怒られないように、母の助けをするのが、精一杯でした。
本当は、手伝いなんてやりたくないのを、私は我慢していました。
怒られることが、とてもつらいと思っていました。
私は、親の顔色を伺いながら、怒られないように、細心の注意を払ってくらしていました。
私は、家事をしている子供らしくない自分が、とても嫌でした。
できることなら、思い出したくない私の姿でした。
そんな私が、家族という社会のなかで、6歳ながら、二本の足で立って、私なりに頑張っていました。

親の役に立つこと、親に逆らわないこと、親に怒られないこと、

私は、これらのモノサシを守って生きてきたのだなぁと思いました。
そして、大人になった現在も、そのモノサシをしっかりと持ち続けていたことに気づきました。
今回の場面研究によって、両親と義父母を重ね合わせて、生きてきたことを、自覚することができました。

☆★☆ 恐れからきている行動の気づき ☆★☆

私は主人の家族と仲良く暮らしていきたいと思っていました。
しかし、私の関心は、義父母から認めてもらうことだけに、意識が向かっていました。
そして、義父母から否定されることに、恐れを感じていました。
同居生活を、ただただ、無事に済ませることばかりを考えていました。
私の行動の全てが、恐れからきているものだと気づきました。
私は仲良く暮らしていかなければならないと、恐怖を感じながらも、心にフタをして生きてきたことが分かりました。
義父から「出ていってもらって構わないよ」と言われた時の、私の気持ちは、恐れる感じだったのだと思いました。
私は、こんなに一生懸命やってきたのに、認めてもらえなかったと感じていたのだと分かりました。
探究を終えましたが、これから義父母と、どうかかわっていけば良いのか、答えは見つかっていません。
でも、心のカラクリが理解できて、やっと、ありのままの私の思いと向き合うことができました。
今まで自分を守ってきた壁が、少し崩れたように感じたので、これからも一歩ずつ自己探究を進めて、 義父母とのかかわり方を探して参りたいと思います。

つづく・・・

次回は「避けられない家庭の人間関係つづき」をお送りいたします。

どうぞ、お楽しみに!

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