セルフ・カウンセリング 自分の心に出会えるメルマガ |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ セルフ・カウンセリング ♪ 自分の心に出会えるメルマガ ♪ ( ”イライラ””モヤモヤ”が解消できる!) ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 第 98 号 2011年 4月 1日 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ みなさん、こんにちは。 「セルフ・カウンセリング ♪自分の心に出会えるメルマガ♪」をお読みいただきありがとうございます。 みなさんは、セルフ・カウンセリングという言葉を耳にしたことがおありですか? これは、渡辺康麿氏が創案した、書いて読む、一人で出来る自己発見法です。 私たちは、このセルフ・カウンセリングを学んでいるグル-プですが、みなさんにも、ぜひ、この方法をお伝えしたいと思い、 同氏の著書を連載することにいたしました。 楽しくお読みいただけたら幸いです。
連載になっております。興味のある方は、バックナンバーからお読みいただくとわかりやすいと思います。 1号〜 「自分の心に出会える本」より 23号〜 「自己形成学の創造」より 32号〜 「セルフ・カウンセリングの方法」より 62号〜 新連載「自分って何だろう‐現代日本人の自己形成‐」より
********************************* 人は、生まれてから今に至るまでの人生の中で、いろいろな経験をします。 そして、その経験を通して、「こうしなければならない」とか「こうあらねばならない」とかいうその人なりのモノサシを形作っていきます。 自分の生い立ちを振り返ることによって、無意識に取り込んできたそのようなモノサシに気づき、 そのとらわれから自由になっていく方法を自己形成史分析といいます。 セルフ・カウンセリングという方法は、このような、自己形成史分析という自己探求の方法が基礎になっています。 ☆★☆セルフ・カウンセリングとは?☆★☆ セルフ・カウンセリングでは、自分が経験した日常生活のある時の場面を書きます。 家庭や学校、職場での場面など、どのような場面でもかまいません。 テレビを見た時、本を読んだ時、一人で考えている時など、相手がいない場面も大切な題材になります。 もちろん文章の上手・下手はまったく問題ありません。 専門知識も必要ありません。 自分が見たこと、聞いたこと、思ったこと、言ったこと、したことを、時間の順にそのまま書くと、リポートになります。 まず、自分が何を悩んでいるのかわかります。 その悩みの奥に、どのような願いがあるのかわかります。 そして、相手の気持ちがわかります。 そうすると、自分と相手の気持ちを尊重しつつ、心を通わせてゆくための知恵が生まれます。 人間関係のすべてに共通する心のからくりを、自分の経験を通して学ぶことができます。 ***************************** 「自分って何だろう 〜現代日本人の自己形成〜」 渡辺康麿著 より抜粋 (vol . 37 ) 子どもたちのSOS ー 不登校 ー □行かせようとする親の試み□ 親が子どもの手をひっぱって力ずくで学校へ連れて行くことができるのは、子どもの年齢が小学校の低学年までです。 高学年ともなると、事実上それは不可能です。 子どもがベッドや柱にしがみついて、抵抗するからです。 子どもを力ずくで学校へ行かせることができないとなると、親は子どもを口で説き伏せて、何とか学校へ行かせようとします。 たいていの親は、まず、「いったいどうして、学校に行かないのか」と聞き出そうとします。 子どもが行きたくない理由を言ったとすると、今度はそれが学校に行かなくてよい理由にならないことを子どもに説きます。 学校へ行かない日が続くと、親は子どもに「いったい、これからどうするつもりなんだ」とたずねます。 子どもが学校へ行かないですませる道を言ったとすると、不可能であることを説きます。 自分たちが子どもを説得することができないと知ると、学校の先生に頼みます。 また、親戚の人に頼むこともあります。 時には、子どもの友だちに頼んだりもします。 子どもが誰の説得にも応じないとなると、親はいらだって子どもをおどかします。 たとえば、「今からそんなことに耐えられないようだったら、ろくな者にはならない」とか「学校へ行かないなら、どこかへ働きに出ろ」というようにです。 時には、母親が子どもに哀願することもあります。 たとえば、「お母さんの一生のお願いだから、学校にだけは行ってちょうだい」というように・・・・・。 なかには、不安に耐えられなくなって「どっちでもいいから、行くなら行く、行かないんなら行かないと、とにかくどっちかにはっきり決めてちょうだい」と言う親もいます。 また、「転校したらどうか」とか「大験(文部省の大学受験資格検定試験)を受けたらどうか」とか「夜間の学校へ行ったらどうか」など、次から次へと子どもに提案する親もいます。 それから、家庭教師につかせようとしたり、塾へ行かせようとしたりする親もいます。 さらに、子どもがどこか精神的におかしいのではないかと思い、児童相談所や、教育相談所でカウンセリングを受けさせようとする親もいます。 時には、親戚の家や施設や病院に子どもを預けようとする親もいます。 今まで述べてきた、親が子どもを学校へ行かせようとするどの試みも、親が子どものためにしている言動というよりは、むしろ、親が自分自身の不安から逃れるためにしている言動であると言ってもよいでしょう。 どの子どもも、心の奥底では、学校へ行かない自分を決してよいとは思っていません。 むしろ、わるいと思っているのです。でも、どうしても学校へ行く気になれないのです。 そういう子どもたちにとって、親が子どもを何とか学校へ行かせようとして、言ったりしたりすることはみな、親が自分のネウチを否定していることのように感じられるのです。 別の言い方をすれば、子どもに対する不安感から親が言ったりしたりすることが、子どもには、親の、自分に対する不信感の表われのように受け取られるのです。 つづく・・・ 次回は「子どもの抵抗」をお送りいたします。 どうぞ、お楽しみに! ********************************** 【閉じる】 |
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