
「ヒトを中心にした経営」の生産性に注目
一般社団法人日本能率協会 KAIKA研究所 山崎賢司
■不確実性の高い経営資源「ヒト」を活かす
「ヒト・モノ・カネ・情報」といわれる経営資源は,技術や知財あるいは時間なども含めて語られることがあります。このうち最も不確実性が高いのが「ヒト」です。「ヒト」は組織の視点から業績への貢献に大きな期待が持てる経営資源であると同時に,環境やモチベーションによってはマイナスに働く存在でもあります。他の経営資源と異なり,「成長する」「化ける」可能性があると同時にその逆もありえます。「ヒトを中心にした経営」とは,その不確実性がプラスに転じるように働きかけるマネジメントといえるでしょう。例えば「生産性」をテーマとすると,不確実性は極力排除した考え方になりがちです。生産性はざっくり「アウトプット÷インプット」となります。アウトプットは産出された財・サービス(の量)あるいは付加価値(金額など)を,インプットは主に経営資源を,指します。従って生産性を向上させるには,分母であるインプットを小さくすればいいことになります。つまり必要な時間や人数・工程が少ないほど,必要なコストが低いほど,生産性は向上します。主にものづくりの現場で行われる徹底的な「業務改善」では,時間・工程・レイアウトなどを見える化することで,不確実性を極力排除し生産性を上げています。
■モチベーションが沸くプロセスはどこか?
ところが「効率」とは異なるアプローチで生産性を上げた部品メーカー(以下A社)があります。A社では創業以来,長らく大口ロットの受注に力を注いできました。1つの部品を大量に作るので設計や開発は1回で済み,生産量に比例して1個あたりのコストも下がります。利益率は低いのですが,優良な取引先を確保している限り安定的なビジネスが続く構造でした。
しかしA社は,あるときを境にあえて一品受注を増やすモデルに転換しました。いわゆる多品種少量生産へのシフトです。売値は高く設定でき,1個あたりの利益率は高くなりますが,1品ごとに設計・開発,製造工程の組み換えなどを頻繁に行わなければならず,効率という意味での生産性は落ちます。
A社が少量多品種へシフトしたきっかけは,顧客ニーズや利益率向上ではありませんでした。社長は,社会・業界を見て「これまでのようなビジネスが続くのか?」と疑問を抱き,また,業務プロセスを見て,「『考える』工程こそがモチベーションを高めるポイントだと気づいた」というのです。少量オーダーが入る度に,製造と設計で「技術的に可能か? どうやって形にするか? コストは? ネックは? 納期は?」と議論になります。この間,製造ラインは動かず,集まって議論し試作品を作る手間もかかり,効率的とはいえません。しかしこれらの議論が,“妥協したくない”“ギブアップしたくない”という現場の「技術者魂」に火を点けたといいます。
人は「考えたい」生き物で,考えること自体に喜びを感じます。結果として現在までA社の利益率は上がり,従業員のモチベーションや視座・技術力も向上,多品種に対応したことで顧客数が増え対応品種も増え,業績も上がる,というハッピーな状態になっています。
日本能率協会(JMA)では,次世代の組織は事業的成長のみではない価値が必要になると考え,「個人の成長」「組織の活性化」「組織の社会性」を同時に向上させる組織活動「KAIKA(開花・開化)」の実践を提唱しています。A社の事例は,社会・業界を見ることで課題を感じ,「人の力(個人の成長)」によって組織が活性化した,まさに典型的な取り組みだといえるでしょう。
(月刊 人事マネジメント 2019年9月号 HR Short Message より)
HRM Magazine.
|