
職場にモチベーションを伝染させよう
(株)JTBコミュニケーションデザイン ワーク・モチベーション研究所長
明星大学 特任教授 菊入みゆき
■「あの人すごい。私もがんばろう!」
スポーツ番組などで選手が必死にトレーニングする様子に刺激を受け,「私もがんばろう」と背筋が伸びる。多くの人が経験する感情ではないだろうか。女子サッカーなでしこジャパンのメンバーが,決勝戦で最後まであきらめずに戦う様子には,SNS等で感激の言葉とともに,「元気をもらった」「私もがんばらなきゃ」というコメントがアップされた。選手のモチベーションが視聴者に伝染しているのだ。モチベーションの伝染は,職場でも起こる。同僚が気合を入れて仕事をしている姿を見ると,つられて一所懸命仕事をする。
モチベーションの伝染(伝播ともいう)は,欧米でも盛んに研究されている。フランスの高校生を対象にした研究では,教師のモチベーションが生徒に伝染し,さらに同級生に伝染することが分かった。アメリカの大学生を対象とした研究では,同室の学生が「面白い」「興味がわく」「一所懸命やる」といった会話をしているのを聞いた学生は,高いモチベーションで課題に取り組んだという結果が出ている。
■知らないうちに伝染して業績も上がる
モチベーションの伝染は,無意識のうちに起こることもある。本人に自覚がなくとも,周りから影響を受けて,作業の遂行速度がアップしたり,多くの量をこなしたりするのだ。がんばる社員が1人いると,周りの社員も知らず知らずがんばるようになる。たとえ「いや別に,あいつががんばってるとか,そんなの関係ないっすよ」と口にしていたとしても。
経営者や管理者としては,こういうプラスの伝染は,ぜひ起こってほしいと願うところだろう。平成26年の労働経済白書では,勤労意欲は企業の労働生産性,売上高経常利益率と相関すると明示されている。1人の社員のモチベーションが,自然に周りに伝わり,職場全体が“高モチベーション状態”になれば,会社の生産性が高まり利益増につながる。
■マイナスの感情が伝染するリスクも
ただし,低いモチベーションも伝染する。モチベーションの低い社員が1人いると,周りのモチベーションまで低下してしまう。1人の低いモチベーションが,職場全体に広がれば,会社の経営を脅かしかねない。こうしたマイナスの伝染を防ぐ方法の1つが目標へのコミットメントだ。「無関心の伝染」に関する研究では,目標を強く意識している人には,伝染が起こらなかった。さぼる人がいると,一所懸命やっているのがばからしくなり,自分もさぼりたくなる。しかし,自分の目標がしっかりあり,そこに照準を定めていれば,さぼり社員など視界に入らない。目標の重要性を改めて感じる結果である。
■仲間意識の一体感が伝染を加速させる
伝染を促進させる要因の1つは,類似性だ。モチベーションの高い人を見たとき,「自分と似ている」と思うと伝染が起こりやすい。類似性のなかでも特に「同じグループ」という意識は伝染を促進させる。これは,職場での仲間意識や一体感と重なる。「私と同じ仲間のあの人が,こんなにがんばっている」という認識が大切なのだ。一方,自分と“全く関係ない人”の場合は,どれだけがんばろうと何ら影響しない。同じ職場内でも,仲間意識や一体感が薄ければ,同僚でも“全く関係ない人”になってしまう。その場合は,がんばる人がいても,モチベーションの伝染は起こりにくい。
モチベーションは職場の「火種」だ。伝染がうまくいけば,炎が広がり,皆が燃える。全員が目標を意識し,一体感を持つことで,1人のモチベーションが大きく明るい炎になり,高い業績を生む職場を作ることができる。
(月刊 人事マネジメント 2015年8月号 HR Short Message より)
HRM Magazine.
|