
内定取り消しの条件とは?
(株)アイウェーブ 代表取締役 庄司英尚
■銀座ホステスのアルバイトで内定取り消し
テレビ局にアナウンサー枠で就職が決まっていた女性が,銀座でホステスをしていたことを理由に内定を取り消されたことを受けて,テレビ局に入社する権利があることの確認を求めて提訴したことが話題となっています。そもそも採用内定という状態は,始期付解約権留保付労働契約といって,入社までの間,企業はその契約を解約する権利を留保していますが,「合理的理由」がない解約は,解約権の濫用とされ,無効となります。
内定取り消しが認められる場合について最高裁では,「採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としていますので,誰がみてもこれなら仕方ないと思うような状況でなければ内定の取り消しは,認められないということになります。
■「高度の清廉性」という基準は有効か?
今回,テレビ局側は内定取り消しの理由の1つを「アナウンサーには極めて高度な清廉性が求められるので,銀座のホステスの経験がある経歴は清廉性に相応しくないから」と説明したとされます。確かに女性アナウンサーが特別な職業であるということは重要な判断材料です。テレビ局のイメージに大きな影響を与え,信頼性が重要な職種であることから考えるとテレビ局側の主張にも理解できる点はありそうです。しかし,一般的に内定を取り消すことができるのは,単位不足で卒業できない,健康状態の著しい悪化,重要な経歴の詐称,社会的に重大な事件による逮捕処分といった場合に限られています。本件で,司法がどのような判断を下すのかは分かりませんが,その決定の理由は注目点です。
■アルバイト経験の申告まで必要か?
また今回の内定取り消しの別の理由では,採用過程において「ホステスのアルバイト経歴を申告していないことが虚偽申告に該当する」という説明もありました。ただ,現実的にアルバイト経験の申告を全部漏れなく記載させることは無理であり,強制的に書かせたとしても,ホステスのアルバイト経験を馬鹿正直に記載する人はまずいないでしょう。結局,このような申告書への記載を義務づけたとしてもあまり意味はありません。通常,アルバイトの事実を書かなかったことをもって虚偽申告と見なすことは難しいのですが,特別な業種や職種ゆえにどうしても事実の把握が必要だという場合は,アルバイト経歴申告書と誓約書を兼ねた性格の書面を用意し提出してもらうというのも実務的には1 つの方法です。
■「内定」の責任は「婚約」と同じくらいに重い
内定取り消しなど採用に関する企業側の対応は,その後の企業経営に大きな影響を与える可能性があります(ブランド価値の低下や,損害賠償請求を受けたりすることも)。採用に関するトラブルでは,客観的にみてどうか,長期的なスタンスでみてどうか,影響を受けるリスクはどうかなど,専門家の意見も聞いて,総合的に意思決定すべきでしょう。かつて「内定と就職は,婚約と結婚の関係に似ている」という分かりやすい裁判官のコメントがありました。どちらも合理的理由なく取り消しをすれば法的責任が生じます。学生が就職するまでの内定期間は,婚約と同じくらい重い責任があるといっても過言ではありません。
本件は,司法判断への注目とともに,経営・人事の皆様が「内定」という意思決定に伴う責任やリスクを考えるいい機会になるのではないでしょうか。
(月刊 人事マネジメント 2015年1月号 HR Short Message より)
HRM Magazine.
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