【南の風2003】発行リスト(1001号〜)各号後記(ぶんじん日誌) 

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*「公民館の風」(395号、2003/2/5)休刊→■にともない、
  【南の風2003】1001号より新アドレス帳で送信。




【南の風2003】1001号〜1050号


1001号【2月 8日】再登録を、2月研究会案内、石垣島・ジュネーブからメール
1002号【2月10日】海勢頭豊・トラジの花、スロヴェニア・上海より、伊豆長八
1003号【2月12日】八重山、名護、鹿児島、三多摩、沖縄地名シンポ・短信(48)
1004号【2月13日】島酒通信,カイロ・広州・韓国、詩人尹東柱への旅、沖縄行き
1005号【2月15日】公民館の風関連:相模原、高松、飯田、松本、尹東柱「祖詩」
1006号【2月16日】大田区の社会教育、各地の動き(1)志木市,チャガンボルグ
1007号【2月18日】図書館にゲル、奈良市中央公民館、おきなわ短信(49)
1008号【2月20日】東アジア第7号発行、沖縄本普及、各地の動き(2)高知・岩手
1009号【2月22日】全国ボランティア交流、自治基本条例案・おきなわ短信(50)
1010号【2月23日】島酒通信(2)、日中教育研究交流会議、中国都市の近代化
1011号【2月25日】公民館学会準備、島酒通信(3)、各地(3)教員養成拠点守れ
1012号【2月27日】84回研究会報告、浦添市内間青年会、おきなわ短信(51)
1013号【3月 1日】島酒通信4、川崎の風、陸羯南が創刊した新聞「日本」
1014号【3月 3日】愛知川の馬頭琴コンサート、上海「幻の学院」(1)、象のオリ
1015号【3月 5日】上海・幻の学院(2)、第7号送付、福島エコマネー、名護の夜
1016号【3月 7日】島酒通信5、『沖縄の字(集落)公民館研究』、ドクター取得
1017号【3月 9日】リュブリャーナ便り、鹿児島、東アジア・シンポ、屋部写真集
1018号【3月10日】85回研究会ご案内、松本から、兵士より査察官増員を
1019号【3月12日】島酒通信6、福岡より研究会参加、辺土岬と奥集落
1020号【3月14日】沖縄の移民研究、新市民活動の風6、杉並公民館跡
1021号【3月15日】朴三植さんお祝いの会、旧南風原陸軍病院壕(お短信54)
1022号【3月16日】韓国平生教育の動き(85回研究会報告)、韓国六法サイト
1023号【3月18日】島酒通信7、12日沖縄県庁の記者会見、朴さんお祝い会
1024号【3月20日】沖縄の移民資料、フランスへ、全人代、北上川学習交流館
1025号【3月22日】島酒通信8、名古屋より、葛飾より、従軍記者、仰げば尊し
1026号【3月24日】保育と就労保障の裁判、わたの木の下で、赤い花白い花
1027号【3月25日】台湾研究への関心、島酒通信を読んで、ア賞・ブッシュ批判
1028号【3月27日】反戦のうねり、ロンドンから北風、『心のリハビリ通信集成』
1029号【3月28日】島酒通信9、ハンセン病図書、海勢頭コンサートin国分寺
1030号【3月30日】戦火のなかの人々、引っ越し、テロ特措法、大阪から福岡
1031号【3月31日】愛知川だより・町史編纂事業、渋谷区の異動、『残波の里』
1032号【4月 2日】公民館「基準」見直し、第8号編集会議案内、コンサート
1033号【4月 3日】86回研究会案内、米軍上陸から58年、朝鮮学校の入学式
1034号【4月 6日】島酒通信10、長野県の長〜い辞令交付、桜の想い出
1035号【4月 8日】松本こだわりの酒味講座、日本人学生締出し(沖縄)、鹿嶋
1036号【4月10日】中国と研究交流、海勢頭コンサート、佐賀の女性公民館長
1037号【4月11日】中国との研究交流2,島酒通信11、教育委員会の見直し
1038号【4月13日】中国との研究交流3,奈良市公民館の動き、華声和語449
1039号【4月15日】アメリカの戦争、第8号編集会議報告、資料室問題要望書
1040号【4月16日】公民館基準松本意見書、中国との研究交流、行政とNPO
1041号【4月17日】島酒通信12、石垣のキビ植え付け、次回研究会へ、広州
1042号【4月19日】社区教育報告、バックナンバー、教育と地域活性化NPO
1043号【4月21日】島酒通信13、社区報告書頒価、西表リゾート建設中止を
1044号【4月22日】日中学院への打診、松本より、栃木・子どもの権利条約を
1045号【4月23日】枚方市議選、第8号編集、宮良青年会、杉並公民館50年
1046号【4月24日】島酒通信14、松本の取組み、夜間中学「えんぴつの会」
1047号【4月26日】こだわりの酒味講座2、奥の案内書、地域づくりとNPO
1048号【4月27日】モンゴル子どもたち支援(86研究会報告)、上海本づくり
1049号【4月28日】島酒通信15、町田・若そよコンサート、NPOの支援
1050号【4月30日】日本公民館学会設立総会、沖縄デー4・28風化させない


*南の風1051号→■


(昇順)

 
ぶんじん日誌(南の風2003・各号後記)

1050号(4月30日)
●<1050号を迎えて・・・風を吹き合いたい!>
 この「風」が惰性で吹くことにならないよう自戒しながら、毎号それぞれ少しだけの“思い”をこめつつ、また50号がめぐってきました。ときはすぐに5月。今日の東京は一時激しい風でしたが、緑の樹木を温かくゆらして、たしかに“風薫る”季節です。
 南の風に「あなたの場所」(1048号)からの風をどうぞ送ってください。予告させていただいた通り、50号おきの名簿整理をいたします。その上で確定した名簿・アドレス一覧を掲載する予定です。(アドレス掲載を希望されない方があれば、その旨をご一報ください。)
 これからもお付き合い下さい。どうぞよろしく。

1049号(4月29日)
●<首長選余滴・清原慶子さんの初当選>
 このたび三鷹市の新市長に当選した清原慶子さんは、もともと教育社会学専攻(東京工科大学教授)ですが、一時は社会教育学会にも参加していました。藤岡貞彦さん(一橋大学)と私で担当した当時の宿題研究「社会教育計画と施設」(1977年から2年間)には月例研究会に顔を見せ、まとめの学会年報(1980年)にも執筆しています。タイトルは「社会教育施設とコミュニティ・コミュニケィション」。現在は日本社会情報学会会長。
 現市長引退をうけて「後継者を前面に掲げ、自民・公明の推薦をうけ、手堅い組織に支えられて」(朝日記事)初当選とのこと。人前で演説など苦手の感じの人でしたが、北川(三重県)前知事・マニフェスト運動に賛同し、その応援も受けて、なかなかの話しぶり(テレビ画面)でした。いい仕事をしてもらいたいもの。

1048号(4月27日)
<あと2号で1050号>
 2月初旬に旧南の風1000号、新【南の風2003】となってもうすぐ50号を迎えます。この時点では「新・公民館の風」が動いていませんでしたから、沖縄・東アジアに直接に関心をもたれない方も一部参加されましたが、この間「南の風」にお付き合いいただいて、どんな感想をお持ちでしょうか。
 「南」だけでなく、<各地の動き>などで、西や東についても面白い動きがあれば掲載する(多少の)努力はしてきたつもり。そのせいか、「以前の南の風より少し難しくなりましたね」という感想も寄せられています。「島酒」や「酒味講座」の話題も送っていただきましたし、できれば(研究通信としてだけでなく)ますます複雑・多彩な風を吹いていきたいと考えています。
 50号おきの名簿整理をいたします。風は双方向に吹き合いたい思いは変わらず。“読むだけ”の方はときに「♪あなたの場所から・・♪」(涙そうそう)の風を寄せていただきたいもの。
 なお送信不要の場合、ぜひご一報下さい。

1047号(4月26日)
<4月25日・定例研究会>
 いつもより遅くまで飲んで(高井戸駅前、イーストビレッジ)、いま帰ったところ。急性肺炎?で休む人あり、迷って?来れなかった人もあり、予想より少ない人数でしたが、それでも15人前後の方が集まりました。旧沖縄研究会(学芸大学研究室)以来の、ほんとに久しぶりの参加もあり。やはり4月の会はお目出度い話が多く、みんなで乾杯!これまで研究会の定例日は金曜日(第3,今月は第4)。しかし金曜日だと参加しにくい方もあり、他の曜日にしようという話が先日の第8号編集会議で出ましたが、今日の相談では結局、5月も第4金曜日にしよう(5月23日予定、会場も確保できている)ということになりました。お許し下さい。日中学院は6月予定のTOAFAEC 総会(6月21日予定・土曜日)の会場をお願いできないでしょうか。
和光大学・モンゴル留学生などの交流(高井戸、20030424) →研究会記録(2003年4月25日)→■

1046号(4月24日)
<中国行き、延期の方向で・・・>
 今日のニュースを聞いても、急性肺炎SARS 問題は次第に拡大の様子。北京は小中学校も休校の措置。上海はさほどニュースにはなっていませんが、中国行きはどうも自重した方がよさそうですね。
 烟台の張林新くんからのメールがようやく到着。今年は何度か中国に行くことになりそうですから、数次ビザの手続きをお願いしました。
 島袋正敏さん、先日の名護訪問の際の写真(両小林、桑原重美)を送っていただき、有り難うございました。 毎日の送信は、風の吹き過ぎ、と重々反省しつつ・・・。

1045号(4月23日)
●<東京・杉並区立公民館50周年へ向けて>
 東京(二三区)には公民館がない、というのはご存知の通り。戦後初期、1950年代には北区、練馬区、杉並区の三区に公民館が設立されましたが、今は練馬区1館のみ。他の二区では公民館は廃止されたのです。
 しかし杉並では「公民館は閉館されたのではない、発展的に継承されて今の社会教育センター(セシオン)が動いているだ」という考え方が主張されています。区民レベル(区ではない)で公民館の組織と精神をさらに発展させていこうというのです。
 杉並公民館は創立(1953年)時から安井郁(国際政治学者)を館長に迎え、世界に拡がった原水爆禁止運動の発祥の拠点となりました。当時、公民館長室は反対署名運動の事務局であったと伝えられています。「歴史の大河は流れ続ける」(全4集)に記録されている安井館長企画の連続教養講座は見事なもの、これを受け継いで、その後の区民(女性)主導の公民館講座も水準の高い取り組み。それらの歴史を復元し、さらに新しく発展させていこうという思い。
 今年は創立からちょうど50年。秋には(敢えて)「公民館創立50周年の集い」を企画し、歴史を掘り起こし語り継いでいこうという集いが、22日午後、もと杉並公民館近くの「すみれ家」で開かれました。

1044号(4月22日)
●<『残波の里』(読谷村宇座区公民館発行、1974年)>
 沖縄大学・上地武昭さんのご努力により、貴重な『残波の里』をもと読谷村長の山内徳信氏(当時、編集事務局)から頂くことが出来ました。かわりに『おきなわの社会教育』を届けていただいたそうです。名護にも送付されたとのこと。感激! まことに有り難うございました。
 ところで、ここ一両日の報道によれば、新型肺炎(SARS)の感染者数は北京で十倍近くに修正され、死者も4倍に。この問題で中国政府は北京市長と衛生相を更迭。北京の日本大使館はビザ申請窓口を閉鎖したとのこと。6月第1週に予定している私たちの中国訪問も慎重に考えた方がよさそうですね。あと少し様子を見て決めましょう。

1043号(4月21日)
●<石垣金星さん「神さまの許可はおりていない!」>
 上記「西表リゾート」はもう3週間ぐらい前の記事ですが、さて、これからどうなる? 問題はさらに継続しています。
 その後4月13日には、日本テレビ系「ドキュメント03」が久しぶりに沖縄を取りあげ、題して「やまねこ島・リゾート狂想曲」を放映。そのなかで、石垣金星さんが「県の開発許可はおりたかも知らんが、神さまの許可はおりていない」「すべての生きものたちの許可もおりていない」と語っていたのが印象的。
 4月14日には日本生態学会・自然保護専門委員会が「西表リゾートの建設中止を」決議書(第50回大会総会)をもって記者会見、沖縄県に要請。県は法的に問題はないというが「道義的責任はどうか」と迫ったとのこと。(八重山毎日新聞4月15日記事)
 西表リゾートは年内オープンをめざして工事続行を表明(16日)。これまでの乱暴な開発の愚がいままた繰り返されようとしています。

1042号(4月19日)

●<空に月ゆらり、月桃の花は地にゆらゆら・・・>
 いま、東京の夜は月さやか。私の窓からはゆらりと西の富士に傾く月が見えます。その光をあびるように、八重山から鷲尾真由美さんが月桃(サンニン)の花を持って上京されました。つややかに輝いて、実に見事!まだ蕾、だからとりわけ魅力的。しっとりとあでやか、南の情熱を感じます。思わずカメラに入れて、さきほどホームページにアップ。眠れぬ皆さんへのお裾分け。
 数日前から上京中のギターリスト鷲尾雅久さん(コンサート、18日、風1032号に案内)と一緒に“風の部屋”に滞在されています。

1041号(4月17日)
●<次回4月定例研究会は大入り?>
 風はせめて2日に1回のペースでと思っているのですが、頂いたメール、あまり遅くならないうちにご紹介・・・と思うと、つい毎日の送信に。ご容赦ください。
 次回研究会(4月25日)は、参加者が多くなる見込み。上記・近藤メールあり、「のむぎ」主人も見えるとのこと。和光大学・岩本ゼミのモンゴル留学生少なからず(「蒙古襲来」の様相らしい)。4月は恒例“いろいろ歓迎”の月でもあり、新しい「イーストビレッジ」(交流会レストラン)は入りきれるかな?
 メールが通じないメンバーへの案内もどうぞよろしくお願いしますよ。
 18日夜は、設立準備中の公民館学会はじめての「呼びかけ人」総会。・・・と、こんな風に書くと、だんだん今帰仁村古宇利区長「日誌」に似てきますね。あれほど楽しくはありませんが・・・。

1040号(4月16日)
●<南ではイワサキクサゼミ、鳴き始める>
 今日の東京は肌寒く、小雨そぼ降る1日。それでも永福の神田川沿いを歩くと、春の花いろいろ、いい風景です。ようやく杉の花粉も終焉か。とかく外気を避けていた生活からも脱皮できます。春の花どころではない、南ではもう夏がやってきている。
<イワサキクサゼミ、鳴き始める/八重山>(沖縄タイムス4月15日)
 イワサキクサゼミが八重山で鳴き始めている。竹富町では14日、石垣で囲まれたサトウキビ畑から「ジージー」と聞こえ、近くの売店の女性は「セミの声が聞こえると、なんか暑くなるさ。もう夏だね」。石垣市では同日、28・5度と今年の最高気温を記録した。
 イワサキクサゼミは国内最小のセミで、体長約15ミリ。本島南部から宮古、八重山に生息する。石垣島地方気象台によると、同市では3月30日に「初鳴き」が確認されている。

1039号(4月15日)
●<カイロよりアーデル氏の訴え>
 着信記録をみると、3月13日に <FROM CAIRO> のタイトルで恐らく激しい反戦の(と思われる)メールがカイロ大学・アーデル氏より届きました。しかしあまりに激烈な調子?の故か、文字化けで読めず、「あと一度送って下さい、待っています」と返信を出しましたが、やはり二度目もダメでした。
 久しぶりの今日のメール、明快に読めました。日本でも同じような疑問をもち、努力している人は少なからず。各地の地域新聞の報道を毎日チェックしていますが、イラク戦争に反対する市民レベルの動きもこれまでにないものがある。しかし、それが国の政策には結びつかないもどかしさ、焦燥感と無力感の毎日・・・。
 この4月、花は今年も変わらず咲きました。東京はいま吉野桜はほとんど終わりましたが、八重桜が絢爛と開き始めています。

1038号(4月13日)
●<南の風、ただいま65人>
 昨夜(12日)の『東アジア社会教育研究』第8号・編集会議は、結果的に中国人3人、モンゴル人1人、日本人3人、という参加状況でした。おおよその骨格が決まり、個別に執筆依頼を開始いたします。依頼があった節には、ぜひ積極的にお受け下さるようお願いします。また執筆希望があれば早急にお寄せ下さい。いまの段階ですと調整可能です。会議の終わり、日も落ちたところで、例によって世界の酒を盛んに飲みあいました。みんなお酒が強くなったよ。控え目だったのは黄丹青さんと小生?のみ。
 「南の風」1001号の際の再登録漏れになっていた胡興智(日中学院)と張林新(日大院)のお二人から遅ればせの送信依頼あり、本号から送ります。これで「南の風」メンバーは65人。
 メンバー・アドレス一覧はあと少し待っていただき、1050号以降にしたいと思います。50号おき整理で多少の入れ替えがあるでしょうから。

1037号(4月11日)
●<12日は第8号編集会議>
 これまで個々に連絡しあってすすめてきた「東アジア社会教育研究」編集を、今年(第8号)は少し形式も整えた「編集会議」で協議しようというわけでご案内しました(風1032号)。日時を先に決めたので、然るべき会場が近くにとれず、結局は狭いところ(西永福“風の部屋”)で開く羽目に。遠くからのご参加は、負担もあり、無理は避けていただき、しかし近くの方はぜひお出かけいただき、座りきれない・・・ような嬉しい悲鳴をあげたいもの。
 内田・石倉両氏で編集原案のようなもの、用意できますか?
小生も1枚なにかつくっておきます。不参の方はぜひメールで編集会議にご参加ください(当日13:00までに)。
 今年は「東アジア」をテーマとする国際シンポも開かれることだし、ぜひとも学会当日(9月12〜14日、早稲田大学等)まで刊行したいもの。原稿締切りは恐らく7月末になるのでは、と思っています。

1036号(4月10日)
<『残波の里』について>
 8日の東京は終日の風と雨、桜が心配でしたが、9日はおだやかな晴。
 南の風1031号で「どこかにありませんか?」とお願いした『残波の里』、上地武昭さん(沖縄大学、読谷村波平在住)から「入手できましたよ」という嬉しい電話をいただきました。有り難うございました。読谷から1冊を名護へ、また東京からは『民衆と社会教育』1冊をお送りできることになりました。
 それにしても、小生の『残波の里』はどこに消えたのだろう? 

1035号(4月8日)
●<鹿嶋からの便り>
 2月の終わり、「風雲急をつげる鹿嶋」として、学校教育を残して教育委員会制度を解体し、市長部局に社会教育・生涯学習を移行しようとする茨城県鹿嶋市の動きは、「風」(1012号)でご紹介した通り。昨日のMさん(波野公民館)からの連絡によると、やはりこの4月・新年度より「機構改革」は強行されたそうです。
 移されたのは生涯学習課、中央公民館など10公民館と青少年センターなど施設、そしてスポーツ振興課。これまで営々と構築されてきた館長・主事の公民館専任職員も引き上げの方向。ただ人事異動の内示直前、県より「指導」が入り、教育委員会内部(教育総務課)に社会教育係を設置して、いわゆる“丸投げ”は避けるかたちをとり、職員には市長部局との併任辞令が出たそうです。
 移行先のセクションは「市民協働部」。「まちづくり推進課」と並んで生涯学習・スポーツ行政・公民館等が位置づけられたとのこと。行政と市民の「協働」がキーワード。しかし市民の多くは知らないままの無理矢理の「改革」。はたしてどんな協働になるのか、公民館がこれからどう展開していくのか、教育委員会の役割は終わったのか?

1034号(4月6日)
●<花の想い出、花見の会を・・・>
5日の東京は寒く、終日の風雨。散歩にも出ず、せっかくの桜が心配です。窓外から遠くにけぶる桜を眺めて、いろいろ想い出しています。
 和光大学の坂の桜もなかなか印象的ですが、小金井・学芸大学キャンパスの桜は忘れることができません。もともとは旧陸軍技術研究所、その頃からの桜の老木が残り、また戦後の大学創設期に(学生も教職員も一緒になって)植えた桜は吉野から八重までいろいろ、ほぼ20日間に
わたって見事に花が続きます。当時の研究室の年中行事は4月初旬(第1土曜日?)の花見の会から始まりました。
 その年度に入ってくる院生・研究生の歓迎が趣旨。入学式前に花見に誘うのは案外とたいへん。新入生が自ら準備をする年もありました。そして、研究室メンバーだけでなく、児童文化系のサークル(人形劇「麦笛」や子ども会活動「むぎのこ」)、留学生、国分寺や国立の市民グル
ープ、それに小金井を拠点にする劇団「ふるさときゃらばん」の皆さんなど、賑やかに集い語り、歌いあったものです。1980年代から1994年の春まで続きました。小生が辞めたあとは(同僚のN氏は花見など好きではなく)姿を消してしまったのが残念。
 来年の桜の季節、ぜひ花見の会を計画しよう! 
 風に吹かれ、花と遊ぶこころこそ・・・。

1033号(4月3日)
●<新しいメンバーも誘って・・・>
 4月定例(第86回)研究会、TOAFAEC 事務局としては、これまでになく早い案内、有り難うございました。メールが届かない方への周知(第4金曜日への変更)もどうぞよろしく。新年度の最初の研究会です、皆さん、新しいメンバーもお誘いの上、ご参加下さい。
 ほんとはこの週末、花見の会を復活させたいのですが、来年の課題?
<歌のコーナー>  
       −3月31日、桜は満開、油山の花見−
◇黒き杉の木立を抜けてほの白き桜をめざしひとり歩きぬ
◇花のもと人びとつどい童らの遊ぶ声ひびく山はたそがれ
◇花明かり手拍子楽し爛漫の桜も揺れて歌うがごとく

1032号(4月2日)
●<すでに宮古は夏の気配>
 福岡は桜満開ながら雨模様の1日、日本列島がどんよりしているなかで、すでに南の宮古では初夏のセミが鳴き出したとのこと。宮古毎日新聞(3月31日)の記事から。いい写真が載っていますが、これは省略。
 −【おきなわ短信】(58)−
 <ミヤコニイニイ 早くも鳴き出す/伊良部町>
 初夏を告げるミヤコニイニイ(セミ科)が30日、伊良部町のモクマオウ林内で早くも鳴きだした。この日午前、数10羽の雄が一斉に「ジー、ジー…」と合唱。ドライバーの中には車を止め、ミヤコニイニイをカメラに収める人もいた。
 ミヤコニイニイは、地上2メートル以上の高木の幹にしがみついて鳴き、その鳴き声は数10メートル離れた場所まで響いていた。毎年5〜6月に多いセミ。体長が約2・5センチ。宮古諸島の固有種。
 写真(略)モクマオウの幹で初鳴きしたミヤコニイニイ=30日午後1時すぎ、伊良部町佐良浜地区

1031号(3月31日)
●<宇座区公民館『残波の里』>
 どなたか読谷村宇座区の字誌『残波の里』をお持ちではありませんか。もともとは3月上旬、名護市中央図書館で、各地の字誌を調べたときのこと、書架に『残波の里』がないのです。宮城満さんに聞くと、どうしても手に入らないとのこと。聞けば宇座区公民館の保存分も白アリ被害でやられたらしい。私たちの『民衆と社会教育−戦後沖縄社会教育史研究』(エイデル研究所)も書架に並んでいない。これは絶版!
 東京に帰ったら、探してみましょう、おそらくどこかに1冊あると思います、と満さんには気楽に約して別れました。
 私たちの沖縄研究の初期、すでに刊行されていた『残波の里』を手にしたときの感動は、『民衆と社会教育』序文に書いた通り。当時の読谷村社会教育主事の上地武雄さんを通して頂きました。小生にとっては沖縄の字誌との出会いは『残波の里』でした。その後、あちこちの講演会では、この本をかざしながら、沖縄の公民館の話をしたものです。
 東京や入間の方々から希望もあり、10冊ほど(多分1冊2000円か)まとめて送ってもらってお頒けした経過があります。小川利夫さんにも差し上げた記憶あり。そして私の書斎に1冊、大学の研究室にも1冊を置いて、ゼミなどで活用してきました。その1冊を名護に送ろうと心づもりしていたのです。
 ところが今回、探しても見あたりません。きっと油山の文庫に送ったんだ、と自分を納得させ、これを確かめるのも一つの楽しみで、福岡に来たのですが、1日中探しても出てこない。
 何方かお持ちの方で名護に送ってもいいという方があれば、ぜひお願いできませんか。小生の本もそのうち(貸出簿もありますから・・)出てくるでしょうが、まずはお願いしたのです。
 なお『民衆と社会教育』については、とっておきの1冊あり、これを名護に送ることにしています。

1030号(3月30日)
●<大阪から福岡へ>
 29日は朝早く東京を出て大阪教育大学へ。「日本の公民館の歩みと大阪・関西の公民館−地域史が問いかけるもの」というテーマで報告しました。少し欲張った話になって、後半は例によって駆け足、皆さんに分かりにくかっただろうと反省しています。
 同大学(生涯学習センター長)の村上博光さんから声がかかり、久しぶりに図書館学の塩見昇さん、西宮の竹内正巳さん、守口の西永充明さんなど懐かしい方々とお会いできました。奈良からは田中伸一くんが駆けつけてくれて恐縮。以前の「風」メンバー・大前哲彦さんからは送信を再開するようにと要請され、本号よりお送りいたします。
 皆さんとビールとおでんの会(ご馳走になりました)のあと、「のぞみ」深夜便で博多へ。昨年12月の沖縄(科研費)研究会以降は行く機会がなかった油山の隠れ家に。庭の白樺も芽吹き、隣の桜は夜目に白くほぼ満開。体調もほぼもとにかえったことを確認しつつ、ながい1日もこれで終わり。
 とっておきの梅酒を楽しんで、ひと眠りして・・・深夜の送信です。

1029号(3月28日)
<花のたより、年度末の喜怒哀楽・・・>
 3月もそろそろおしまい。南の九州ではもう桜が咲き始めたそうですね。・・・などと書いて、最近は九州からあまり「風」を送ってもらえないので、やんわりと催促しているつもり。
 3月の年度末は、また職場の配転・異動の季節。無禄の小生には幸い関わりありませんが、みな忙しい。名護「島酒通信」の正敏さんから、
 「…昨日やっと長い市議会が終わり、ほっとする間もなく多忙を極めております。教育委員会の機構改革・人事異動を4月1日からスタートです。文化課設置(市史・文化振興・文化財)、社会教育課(青少年係新設)、保健体育課に学校給食係を位置付けるなど、大幅な見直しをしました。(瓶)」との便り。
 皆さんのまわりはいかがですか?
「南の風」登録も一段落しましたので、メンバーのアドレス一覧を載せたいと思いながら、そうだ、年度末の喜怒哀楽が一段落してからにしよう、と様子をみているところ。もし異動があれば、お知らせ下さい。
 ついでに話題の今帰仁村「古宇利島区長日誌」(3月27日)より。
「…さて、古宇利中学校廃校式典はいよいよ明後日(土)に迫りましたね。夏川リミさんが見えるそうです(♪なだそうそ♪歌い手さんです)。日本テレビが収録にみえるようですので、こちらの方は全国の皆様にご覧いただけるのかも…」とのこと。

1028号(3月27日)
<小川利夫『心のリハビリ通信集成』(創刊号〜第50号)>
 昨日、上記“心のリハビリ”集成を送っていただきました。ある頁に小林文人に関する論評が突然出てきて驚きもしましたが、毎号の「唄ごよみ−老いの日々」を読むと、まさにこの5年間の闘病の記録。
 「あとがき」にも「人は誰しも肉体に支えられて生きていくのだ」と痛切に記されています。小生自身も、昨年のギックリ腰で動けなくなった体験があるだけに、この心境がしみじみよく分かります。
 昨年8月(ちょうど名護集会の頃)の「病床写真」が載せられていますが、往事の頑健・活発な小川さんを知るものにはなんとも痛々しい。それだけに、このような『集成』をまとめられる気力と知性にあらためて敬服。集成はもともとは『小川利夫社会教育論集』(全八巻、亜紀書房)の別巻にするつもりだったとのこと。なんという執念!「論集作成の裏話」も含めてこの通信が貴重な記録になっています。
 3月1日の日中教育研究交流会議の席で、牧野篤氏から、また入院されるらしい、と聞いてすでに1ヶ月近く。その後はどんな経過なのだろうと案じつつ・・・、しかしまた、きっと達観・楽天の心境で「唄ごよみ」を記されているのでしょう。  

1027号(3月25日)
今回のぶんじん日誌は【各地の動き】(10)より
 −アカデミー賞(ハリウッド)受賞スピーチ
 「ブッシュよ、恥を知れ」ムーア監督、痛烈批判! (朝日新聞 3月24日夕刊)
 アカデミー賞のドキュメンタリー部門賞は銃社会を激しく批判した映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」に決まった。マイケル・ムーア監督は受賞スピーチで「我々はノンフィクションが大好きだ。なのに今は、イカサマ選挙で決まったイカサマの大統領をいただいて、作りものの世界に生きている」と、投票総数の過半数が取れずに政権に就いたブッシュ氏と、その政策を強烈に批判。会場はブーイングと拍手が交錯した。
 ムーア監督はさらに「イカサマの理由によって戦争が始まった。イカサマの情報が流れている」と続け、最後に「我々はこの戦争に反対だ。ブッシュよ、恥を知れ。お前の持ち時間は終わった」と締めくくった。 -----(中略)------
 また20日、カリフォルニア州の市民団体から表彰された式でも、イラク戦争を「不必要な戦争」と述べ、「9月11日のテロがもたらした国民の恐怖感を利用し、テロとの関連の証拠も示さずにイラクを攻撃した。テロの犠牲者を冒涜する行為だ」と口をきわめて批判した。
 この式は「民主行動のための南カリフォルニア米人会」が主催したもので、ムーア監督は「エレノア・ルーズベルト言論自由賞」を獲得した。

同号(2)<中国「社区」研究>
 上海『社区教育研究』についての本づくりが最終段階です。予定より遅れて上海には迷惑をかけていますが、黄丹青さん等による中国語訳も順調に進行しています。日本の自治体社会教育が事例的にはじめて中国に(もちろん中国語で)紹介されることになります。
 その執筆作業との関連で、書名が気になって注文していた本(『現代中国農村と共同体』(内山雅生著、お茶の水書房、2003年2月刊)が、今日ようやく届きました。しかし、疲れて本を開くエネルギーもない。
 本は買わないことに決めたのに・・・3月初旬の沖縄訪問でも、本屋をのぞいて、結果的に手に持てないほど買ってしまった。宅急便で別送する羽目に。この病癖、いつになったら治るのだろう・・・、いや、不治の病いか?困ったものです。

1026号(3月24日)
<「赤い花・白い花」>
 平井さん一家の裁判が始まって早くも2年半あまり、いよいよ結審とのこと。「花」7号が郵送されてきて、上記のメールも。また山口真理子さんからも裁判記録を送って頂き、有り難うございました。
 「赤い花白い花」(中村ミエ作詞・曲)は、かって東京学芸大学研究室でよく歌われました。赤い花つんであの人にあげよう、白い花をあの人の胸に・・・というやさしい歌詞。当時、赤ヘルや白ヘル(黒ヘルメット組もいた)のセクト対立にゆれた学生運動へのやりきれない悲しみ、憎悪・内ゲバの連鎖。この歌は、その痛みを癒し対立を超えて連帯しようとの思いをもって、歌いつがれた側面があったのです。 
 平井さんの群馬の友人(佐山くん)は、教師になって、毎日、子どもたちと一緒にこの歌をうたっていました。

♪赤い花つんで あの人にあげよう 
 あの人の髪に この花 挿してあげよう
 赤い花 赤い花 あの人の髪に
 咲いて揺れるだろう お日さまのように♪
♪白い花 つんで あの人にあげよう
 あの人の胸に この花 挿してあげよう
 白い花 白い花 あの人の胸に
 咲いて揺れるだろう お月さんのように♪

1025号(3月22日)
●<和光大学・旧プロゼミ(発達学科)生の卒業>
 19日は朴三植ドクターお祝いの会、20日夜は和光旧プロゼミ生の卒業お祝いの会と、楽しい夜が続きました。夜も更けて、月は十三夜。
 4年前の「高校4年生」はいまそれぞれに麗しのレディです。男子学生も一人前に成長しますが、女子学生のこの4年間の“発達”は実に見事なもの。とくに卒業を迎えた顔は(就職がうまくいかない?失意の学生も含めて)輝いてみえますね。
 この日のために、『門出』と題する歌集がつくられ、“翼がほしい”“巣立ちの歌”“花”“涙そうそう”等をみんなで歌い、最後には“仰げば尊し”も。「今こそ別れめ いざさらば」と歌いながら涙ぐむレディたちをみて胸にじんとくるものがありました。いい香りの花束をいただき恐縮してしましました。
 懐かしの「のむぎ」、フルートを吹いてくれた臼田奈美さんなど数枚の写真をHPにアップ(記念写真はちょっとフラッシュが弱くて申しわけありませんが)ご覧下さい。

1024号(3月20日)
●<「危機感を共有しよう」(第3回世界水フォーラム)>
 戦争が始まろうとしています。これに荷担しようとする国、これからどのような展開になるのか。かってヴェトナム戦争の時代、「ヴェトナムから遠く離れて」という映画があったことを思い出しています。
 直接にその場にいなくても、遠く離れて、何を見つめ、何を想うか。いま開かれている「世界水フォーラム」にも共通することがありそうです。途上国を中心に世界人口の3分の1が水不足に苦しんでいる、安全な水を飲めない人は12億、年に200万の子どもが水に関連する病気で命を落とす、とのこと。遠く離れて、どう問題を共有するか。
 「日本は食糧の輸入大国だ。食べ物を作るために大量の水を使う。世界の水危機はひとごとではない。」「危機感を共有しよう」(「朝日」社説、3月16日)との呼びかけに共感するところ少なからず。

1023号(3月18日)
<確定申告>            
 17日は確定申告の最終日。自分の税金の計算を強いられる・・・なんとも嫌な季節、作業はのびのびになって、毎年いつも最終日になってしまうのです。この日の税務署は、みな押し黙って、楽しくない顔の列が並びます。
 最終日といえば、杉並税務署で高円寺の球陽書房のオヤジ(西平守良)さんとよく会ったものです。お互いに冴えない顔で、複雑な笑みをかわしあいました。儲けのない沖縄関係古書店をやりくりしていた西平さんは、きっと私よりもっと嫌な日だったに違いありません。そのオヤジさんもすでに亡い。
 申告書をつくるのにいつも一晩を費やします。そしてウン十万円を払う羽目に。ほんとはこれTOAFAEC 活動費にあてたいのだ!
 しかし、今年は例年と違うぞ。これまで所得制限で適用されなかった老年者控除(50万円、これは大きい!)があるぞ、皮肉なことにハリ治療にかかった負担で医療控除もきくはずだ、などと期待して作業に励みました。
 その結果・・・、たしかに納税額は少し改善されましたが、楽しくない一日であることに変わりなし。 

1022号(3月16日)
●<毎日の風、申し訳なし・・・> 
 伊藤さんの帰路、二日がかりとのこと、お疲れさまでした。驚きました。(鎌倉までの夜の旅、いつも気になっています。)
 内田くんから、韓国六法サイトを教えてもらって、あらためて韓国・教育基本法(1997年)を全文読みました。『東アジア社会教育研究』では収録しておらず、この際、台湾の教育基本法(『研究』第5号)と一緒に並べてホームページに入れようかと思いますが、どうでしょう。第5号・フロッピーから関連部分を送っていただけませんか。
 「南の風2003」はゆっくり吹きたい、毎日の風にならないようにと心してきました。だけど頂くメールが溜まれば、やはり送りたくなってしまう、お許し下さい。

1021号(3月15日)
●<3月定例研究会、新しい店で・・・>
 14日夜の研究会(85回)、テーマ「韓国の平生教育の展開」ということもあって、福岡からはるばる金子満さんが参加してくれました。遠路ほんとにご苦労さま! 賑やかな会となりました。 
 終了後の交流会はいつものグルマン亭(店の方針で生ビールを出さなくなった)から離れ、1分ほど歩いて新しい店へ。まだ店の名も知りませんが、なかなかいいいい店でしたね。生ビールもよかった。小さな店だから研究会だけの貸し切り状態、酔った者から自ずから歌も出る雰囲気。大半のメンバーが歌いましたね。研究会にはやはり楽しい食事とビールと歌だ。
 この夜は日本人以外は、モンゴル人ただ一人。韓国、中国そして台湾、さらに沖縄から誰か1人、いつも参加してくれるようになると文字通りの「TOA」フエックなんだけどね。韓国をテーマにしたのに、一人も韓国人がいなかったのが残念。
 どなたか「風」に当日の報告を寄せて下さい。

1020号(3月14日)
●<毎日の記録>
 沖縄「古宇利区長日誌」や「今帰仁村歴史文化センター・業務日誌」ホームページは、ほとんど毎日の動きが愉快に記されています。風もこれに刺激されて最後の10行ほど、日誌風にまとめる習性が定着してきましたが、本号は上記の杉並公民館・記念碑を書いたところで、疲れてしまいました。これでおしまい。14日夜は3月定例研究会、皆さん、お出かけ下さい。

1019号(3月12日)
●<雪の津軽へ>

 10日から11日にかけて、弘前に出かけていました。開通したばかりの新幹線・八戸を経由して青森まわりのルートで約5時間。やはり遠い。空の便は天候によって飛ばない恐れもあるということで陸の便にしたのですが、時間的には沖縄より遠いのですね。
 盛岡以北は大雪(の翌日)、まだ復旧していない線路もあり、岩手日報朝刊は「大雪で生活ズタズタ」の記事。弘前ももちろん銀世界。しかし、津軽富士は見事にでした。
 弘前大学・生涯学習センター主催の年度末の事業、弘前周辺の公民館関係者が集まって話を聞いていただきました。約2時間、質疑応答は活発でしたが、ゆっくり交流できなかったのが残念。
 温かい沖縄から帰ったその足で雪の弘前へ、朝の気温は零下10度に近い真冬日、少々、体が驚いています。しかし杉花粉とは無縁、おかげさまで夜は楽しく飲むことができました。

1018号(3月10日)
●<残念!『おきなわの社会教育』店頭になく・・・>
 沖縄は「郷土もの」書籍出版が盛んなことはご承知の通り。街頭の本屋さんも努力して、刊行された沖縄関係文献を数多く並べていますね。
 那覇の中心、久茂地パレットの7階書店「文教図書」「郷土コーナー」はまさに圧巻。面積も広いが、すべての沖縄関係出版が揃っている感じ。
 ここに行けば、その時期に出された沖縄出版物を手に取ることができます。数年前のものでも主要なものは並んでいるようです。那覇に行く度に立ち寄って、どんな本が出ているか、点検・学習?する習わし。
 しかし今回、私たちの労作『おきなわの社会教育』(エイデル研究所、2002年)は見あたらない。その1年前の『沖縄の図書館』は複本まで並んでいるというのに。国際通りの別の本屋に足をのばしてみましたが、やはりがっかり。せっかく本を創ったの。
 これでは沖縄では書籍として市民権を得ていないことになる、なんとかならないものか、そんなことを考えながら旅の終わりの苦いビールを飲んだことでした。

1017号(3月9日)
●<屋部字誌写真資料集1「屋部 ひとびととくらし」>
 風1015号既報のように、名護市屋部区から上記・写真集がこのほど刊行されました。屋部は昨年の全国集会・公民館分科会の会場となったところ。あのときの報告者・比嘉久さん(名護市教育委員会文化財担当)が編集実務を担当しています。
 写真集の冒頭に、屋部が舞台となっている上野英信『眉屋私記』の書き出し部分(原稿コピー、実に端正な字体)が飾られています。写真が興味深く、キャプションが丁寧。年表、索引、出典、地図も盛りこまれて、なかなか見応えのある写真集。
 屋部区で字誌編集委員会が開かれたのは1985年とのこと(あとがき)。それからすでに20年近く、歳月を重ねての取り組み。字誌づくりには子どもから高齢者まで参加し、この間には力のこもった字誌だより「あじみち」(人々が行き交う十字路)が50号?ちかくを発行。字誌の本編が待たれるところ。写真集も次号が構想されているらしい。
 この写真集は屋部区だけでしか入手できない。頒価1200円(送料別)。希望者は、名護市字屋部77屋部区公民館(рO980−53−2450、Fax兼)まで。 

1016号(3月7日)
<名護から那覇へ>
 予定通り6日夕、那覇に戻りました。この日やんばるは豪雨。宮城満さんの車で午前は今帰仁村歴史文化センターへ、仲原弘哲さんに会いました。
 午後は読谷村波平区公民館で聞き取り。そこで満さんと別れ、上地武昭さんの車で那覇へ。北から南へ移動するにしたがい、雨もやんでくれました。夜は、久しぶりに上地武雄さんに会い波平の話を聞きました。
 その後、小林茂子さんと「苗」そして「パピリオン」。突然のご指名で喜勢武原も歌いました。午前1時の針もまわり、長い1日の日程をようやく終了。
 皆さんにお世話になりました。7日夜、東京へ帰ります。

1015号(3月5日)
<名護の交流会・サンシンの日>
 3月4日夜、私たちを歓迎する名護の皆さんの盛大な交流の夕べ。この日はサンシンの日(第11回)、電波からも賑やかにサンシンが流れていました。
 昨年の全国集会事務局で頑張ったチカラ君がすっかりサンシンの腕をあげ、かぎやで風から始まり、終わりのカチャシーまで弾き続け。この夜は稲嶺進(収入役)さんもサンシンで八重山の鷲ん鳥節。島袋正敏さんや比嘉久さんも歌い、中村誠司、上地圭子、島福善弘、照屋秀裕、比嘉武則などの皆さん総揃い。もともと今年3月に退職される宮城満さんと飲み語る会の趣旨だった?のに、満さんは裏方にまわって、すっかりお世話になってしまいました。
 この夜、比嘉久さんが出来たばかりの屋部字誌の写真集を持参。これは次号で紹介しましょう。なお3日夜は今帰仁の玉城勝男さんが駆けつけて久しぶりに飲みました。「旧友3人」と徳田球一碑と中村誠司さんの写真をHPにアップ。

1014号(3月3日)
<那覇にて>
 ちょうど6ヶ月ぶりの沖縄。もう「うりずん」かと思うほどの陽気。
同行は桑原重美さんと小林茂子さん、それに静岡大学生3名。夜の交流会では、和光大学でなく、なぜ静岡大学?と聞かれました。沖縄は若い人を惹きつける妙な魔力があるようです。
 いまから名護に立てこもり、主要な字誌を通覧する予定。

1013号(3月1日)
<「新・公民館の風」が吹く・・・?>
 いま「南の風」参加は56名。旧・南の風から大半の方と旧・公民館の風から一部の方が参加されています。ほぼ出揃った感じか。あと数名の方(常連?)から遅れて配信希望があるかも知れませんが、このあたりで参加メンバー一覧をお届けする時期かなと思っています。
 その後「新・公民館の風」を発信しようという動きが具体化しています。いま準備号の準備?が進んでいる気配、姿を現したらこの風でもお知らせしましょう。
 3月2日(日)から沖縄、3〜5日は名護、6日那覇に戻って、7日帰京予定。皆さんに久しぶりにお会いできることを楽しみにしています。
 次号1014の風は、文字通り“南”の沖縄からの風でしょうか。

1012号(2月27日)
<風雲急をつげる鹿嶋市から帰って・・・>
 この4月から突然に公民館や生涯学習課を首長部局に統合しようという動き(学校教育は残す・・・出雲方式)の茨城県鹿嶋市からいま帰ったところです。鹿島開発以降、1972年に中央公民館をオープンして30年、人口6万余、この間に10館体制・専任職員配置を確立してきた自治体の公民館があっという間に解体(専任職員も引き上げ)の恐れ。市民の動きも見えず(多くはまだ知らない?)、日本の公民館の土台の弱さをまざまざと見せつけられる思い。もちろん心ある人たちの苦悶・格闘も始まっています。昨夜は夜遅くまで皆さんと語りました。
 帰りの高速バスのなかで詠んだ拙歌二つ。
     −15?年ぶりの鹿島、2月26日−
◇Y字港の開発と教育調査せしあのときもまた同じ如月
    −島根に帰った大森庸司(公民館主事)を想う−
◇故郷へ帰らんとする主事の手を握りて泣きし館長ありき

1011号(2月25日)

<3月初旬、久しぶりの沖縄訪問・・・>
 昨年夏の名護全国集会から全くご無沙汰していた久しぶりの沖縄。3月2〜7日の訪沖スケジュールがほぼ確定しましたので、さきほどホームページに入れました。夜の交流会は2日夜は那覇、4日夜に名護(島酒之会)の予定。ただし会場など詳細は未定です。桑原重美さん、小林茂子さんなど、同行予定の方々は小生のケイタイで連絡を取りあいましょう。
 先日、静岡の集中講義で出会った学生たちがこの日程に合わせて訪沖する動き?和光大学の学生たちは卒業旅行の日程とからんで不参となりました。

1010号(2月23日)
<第7号の発送作業、島袋正敏さんへ>
 先便でお知らせしたように、今日午後は第7号の発送作業(“風”の部屋)。石倉裕志、山口真理子のお二人、ご苦労様でした。
 名護・島袋正敏さんの上記「島酒通信2」が古い(Justnet)アドレス帳に届いていました。別のパソコンで5日ぶりにようやく発見。Justnetはもう閉鎖されましたので、どうぞ下記の新アドレスへの書きかえをお願いします。『伊豆長八の世界』(木蓮社)をお送りしました。こんな風格の「おきなわの社会教育」(写真)新版をつくりたいもの。

1009号(2月22日)
<いよいよ花粉症の季節・・・>
 松本・静岡では皆さまにお世話になりました。有り難うございました。東京は寒く・・・そしていよいよ花粉症の季節です。花粉症には酒は控えた方がいいのですが、20日も21日も愉快に飲みました。
20日夜は上京中の島袋正敏さんたちと。去年の名護全国集会のあと、体調第一に考え遠出を控えてきたせいもあって、その後は一度も訪沖の機会がありませんでした。その反動で正敏さんとは少々飲み過ぎ、そして確かにしゃべり過ぎ。「じんぶん企画」とか「ぶんじん社」でもいいじゃないかとか、いろいろ・・・。さて実現性は?
 21日夜、さきほどまでTOAFAEC 二月定例研究会。珍しい顔ぶれもあり、どなたか報告のメールを寄せて下さい。次回研究会は3月14日。

1008号(2月20日)
●<島袋正敏さん上京中>

 昨夜は静岡大学の学生達とのコンパ。久しぶりに歌をうたいました。
 名護の島袋正敏さんが東京滞在中とのこと。20日夜、渋谷あたりで囲みたいと思います(場所未定)。夕刻までに帰京します。ご都合がつく方は小林のケイタイ(090-7700-7756)までご一報を。

1007号(2月18日)
●<「公民館の風」休刊の波紋>

 思いのほかの反応でした。1005号にもご紹介しましたが、「公民館の風」休刊を惜しむ声が湧きおこりました。実は、風・発行当時はそんな気配を感じとることが出来なかったのです。我が身の鈍感さを実感し、なんとも申しわけない思い。
 もともと風は、小生の手元に集まってくる動き、寄せられてくるメールを個人的に“消費”してしまうのは勿体ない、多少でも周囲の方々にお裾分けしたい、面白い情報を共有したい、そんな思いから始めたもの。むしろ、なにをわざわざ、そんなおせっかいをする必要がある?迷惑だよ・・・そんな声の方が聞こえていたのです。
 その後、南の風でも従来の「南」だけでなく、「公民館」の風の役割を部分的に果たしていきたいと思っていますが、いま、何人かの方々で「公民館の風」を受け継ぐ具体的な検討が始まっています。有り難や!
 動きが出たらお知らせします。
 ここ数日は静岡大学(集中講義)近くに滞在中。冷たい松本から移動して、温かい東海の風は春の兆しそのもの、しかし花粉もさかんに舞っています。さすがに魚がうまい!
 この風は石井山(静大)研究室より発信。

1006号(2月16日)

●<「各地の動き」と「おきなわ短信」シリーズ>
 大田の野村さんからのレポート、聞きしにまさる激しい動きに驚いています。今日の私への私信では、茨城県鹿島市は、急に生涯学習課や公民館を市長部局に移す(学校教育は残す?出雲方式)案が浮上した模様。埼玉県志木市では有償ボランテイア活用で職員半減計画が始動?
 地域新聞のネットワークを活用して【各地の動き】(既報は別にして本号より第1号)と【おきなわ短信】(すでに先号で48号)とのシリーズを交互?に試みます。「風」は気ままに・・・ですから、休載も少なくないと思いますが、その際はお許しを。皆さんのまわりのいろんな動き、厳しい話・元気の出るニュース、ぜひご紹介、ご参加下さい。

1005号(2月15日)
<カイロ大学・Dr.アーデル>
 一昨日に突然、ご存知の方も多いアーデル君が電話をかけてきました。
4日間だけ日本にいる、小生の腰の回復具合いを確かめ?に会いに来る、というのです。恐縮して久しぶりに短い時間ながら歓談しました。カイロ郊外の自宅(ナイルが見える3階は日本間造り)も完成し、また皆さんに来てほしいとのこと。南の風の皆さんにどうぞよろしくと言っていました。東京で講演し、翌朝には大阪に飛んで講演(いずれもイラク問題の関連)して帰国。この風が届く頃はすでにカイロか、風の如く。
 本号までの参加メンバーは49人、旧南の風メンバーが少し交代し公民館の風からの参加が若干名、ほぼ予定の数となりました。

1004号(2月13日)
<3月4日の楽しみ>
 3月沖縄行きは予定通り(2日〜7日)です。上記「島酒通信」(島袋正敏氏)によれば、4日夕方からが楽しみですね。日程調整がうまくいくよう祈っています。
 新「南の風」はゆったりと、気ままに吹く・・・などとご挨拶しましたが、アドレス帳の更新をお願いした関係もあり、各地からたくさんのメールをいただき、ここ数回?の風は長文、そして忙しい配信になりそうです。お許し下さい。

1003号(2月12日)
●<南から北へ>
 新しい風へのご参加がある程度(40人ほど)揃い?ましたので、本号より新アドレス帳で配信しています。各地からのメール、以下、南から北へ。一部に省略させていただいたメールもあり、ご了承下さい。
 なお、掲載を控えるべき私信は、今後その旨をご指示いただければ幸い。また「風」不要の方は、折り返しご一報願います。

1002号(2月10日)
●<村山道宣編著『土の絵師・伊豆長八の世界』あとがき>
 「……それと、もうひとつ忘れてならないことは、長八が吸収した技術の多くが、職人社会のものであったという事実である。近年、伝統的な職人の技術は急速に衰微している。痩せた文化土壌からは創造的で豊かな実りは生まれ得ない。われわれはこの危機的状況に対し早急に対処する必要があろう。……」
 *村山道宣(みちのぶ)『伊豆長八の世界』(木蓮社、2002)
  東京学芸大学(音楽科)卒、一橋大学非常勤講師、日本民俗学専攻
  故宮本常一に師事、「ホラ貝」「失われた音の世界」などの研究。
 *その昔、小林宅によく飲みにきた。先日、久しぶりに電話をかけて
  きた。「木蓮社」を始めたとのこと。この本、売れているらしい。
  主要な本屋で平積みとのこと。なにしろ写真の使い方がいい。
 新版の『おきなわの社会教育』を再度つくりたくなったよ。次回研究会(2月21日)を誘ったら、来るらしい。

1001号(2月8日)
公民館の風第395号(2003年 2月7日)最終号「風ひとまず休止・御礼とお詫び」
 「公民館の風」は1999年9月14日に準備号を出し、同9月25日に第1号を発行、「南の風」姉妹通信として約3年半の歳月を歩んできました。その1年半前から吹いていた「南」(沖縄・東アジア研究会通信)だけでは収録しきれない社会教育・公民館関連の研究・集い・出版等の動きを交流していこうという挑戦でした。
 先号でお知らせしたように、昨日、「南の風」が1000号を迎えましたので、この機会に二つの風の発行に一区切りをつけることとなりました。惰性・マンネリから脱して、次なる歩みの活路を拓いていくためです。これまでのお付き合いに心からの御礼を申しあげます。
 「これから」のことについては、三つの選択肢を提案いたしました(風385号ほか)。続けて欲しい・・・などのご意見をいただき、感謝しています。その後、あと一つの選択肢(「風」を別の人で受け継ぐ案)が加わって、数名の方で検討もしていただきました。有り難うございます。
 最終的に「公民館の風」を、どなたか代わって吹くことになるかどうか、今日の段階では何ともいえませんが、ひとまず、ぶんじん「公民館の風」については、この段階で休止することをお許し下さい。
 「南」1000号に合せて「公民館」400号を達成し、そこで一区切りしようという心づもりでしたが、結局、395号までの風で終わります。この間の「風」の継続に期待された方々、そして最近の「風」ご参加の方には誠に申しわけなく、お詫び申しあげます。
 「南の風」については、下記(南の風1000号→)のように、新しいイメージで次のステップをきざみたいと考えています。これまでの「公民館の風」の役割を一部は引き継げるかな、とも思いますが、もともと「風」は気まぐれ・・・?
 もし関心をおもちの方があれば、ご連絡下さい。重ねてこれまでのご参加、ご愛顧に深く感謝いたします。


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